2月3日の日記

2013年2月2日 日常
おはようございます。
マチュピチュ出発まであと5日位になりました。
結構短期なくせに、チチカカに行きたいとか思ったため、ものすごいハードなスケジュールになりそうです。
もしかしたらツアーでもくまないような大変なスケジュールかも。
ていうかチチカカ湖には行けないかもしれない。

ナスカも諦めちゃったしなぁ。私の夢のナスカ...。
でもそういうわけなので、ホテル最初の2日しかとってなくって後はその時の体調に合わせて判断しようと思っています。

昨日日本人のアラともの誕生日を一緒にお祝いさせてもらいました。彼女とも知り合ってもう6年ぐらいなるのかな。
電話で話すことがほとんどで会える機会がなかなかないのだけど、本当に今までまぁ付かず離れずの距離で、付き合い続けていてくれて本当に良かったなと思います。

彼女の話を聞いていると、彼女は長女だったのでうちの1番上のお姉ちゃんの気持ちがわかる時があります。
ものすごい機能不全な家庭の中で、誰にも好かれて、何でもでき、ほんとにいい子だったらお姉ちゃんが、どのくらいのプレッシャーの中で、生まれた時から幼少期から思春期、発病にいたるまで生きてきたんだろうということが彼女の言葉から伝わってくることがあります。

私が一番上の姉をものすごく不便に思うのは、多分アラノンの友達から聞いた話でたぶん彼女のことを理解できたからかと思います。
アラノンでそれぞれの家族の立場の人達から話を聞くことができるます。
自分がなったことのない立場にいる人たちからの話が本当にたくさん聞くことはできました。
私の母の立場にいる人、私の父の立場にいた人、私の姉の立場にいる人たち…。
アルコール依存症をはじめとする依存症という名の病気の病害の影響の中で、みんなが自分達に出来る精一杯のことをやってきてるんだな、ということが今になって本当によく理解することができます。

ただ悲しいことに、多くの人がその病気の影響の威力の大きさ、その病気の存在すらさえも気づかないで毎日過ごして人たちがどれだけ多いことか。

日本でもアラノンがもっと広まっていくといいなと思います。

さて昨日アラノンミーティングの後にカラオケ大会なりました。
このミーティングでカラオケ大会に行くのは初めてだったので、どうかなーと思ったけど仕事がなくなった今では、私はとても明るくなったそうで凄く楽しかったです。

仕事が無くなった直後にこのミーティングに出てフェローシップに参加したときに、何人かの人に、ものすごく変わったね!全然違うね!と言われました。

自分で中身は変わったとは思ってなかったんだけれど、金曜日の夜と言う時間設定なので、その時点では本当にいつも自分が疲れ果てていて、いろんな事に反応しまくっていたし、疲れて口もきけないという状態が本当にたくさんあったのですが、みんなの反応に、私そんなに愛想無い奴だったのかと思ってちょっとびっくりしました。
でもプログラムのみんなはそんな私をちゃんと受け入れてくれたんだなぁと思って今はとても感謝してます。

*****

上記口述筆記@Iphoneでした。
口述筆記は書かなくていいから便利なんだけど、小さいスクリーンだから思いがけないところで思いがけない変換をしていることを見落とすことが多々あって、なんか上の文章読んでいると、知恵足らずの人が書いたものみたい....。

何で口述になるとですます調になるのかなあ?

他人に話している気分になるからかしら。
しおらしいわあ私って。

でもさ、私本当に仕事無くなって、少しづ自分が好きである感覚が戻ってきた。
そんなことを思っていたら、youtube でみてるDhama & Gregのエピソードで、Dhamaがシティホールにむかついて、立候補者になるのがあるんだけど、なれなことでものすごいストレスのために体がぼろぼろになっていくのを見て
「.....俺?」
と思ってしまった。


私みたいのはやっぱり社会には向いてないんだろうなあ。
気ままにひょうひょうと生きていくのがお似合いさ。
.....お金はためれるときにためて、大切に使っていこう....。

最近、結構金遣い荒いっていうか、まあ仁神術セミナーで850ドル、旅費で多分既に1000ドルくらい使っているからだとは思うけど、それにしても出費が多い。

冷蔵庫の中空っぽなのに、なんか毎日のようにスーパーいって20ドルくらい(平均)の買い物をしている私は何を買っているのか????って感じ。
でも食べているからなのかな。

ところで昨日は、朝食抜きで身体検査→朝、とちゅうクリントンベーカリーに雪辱を晴らしにいくも、20分待ち(しかも零下の外で待ってっていうんだよ!!!)、片道1時間以上もかけた(氷点下の寒さの中片道4−5ブロックも歩いたの)にも関わらずくじける。

しまいには、約束場所のタカハチベーカリーに一時間前に到着して、朝から何も食べずに氷点下を何時間もさまよった自分にご褒美(涙)。
食べ物にありつけたのは正午をすぎてました。

https://plus.google.com/117647820973499615186/about

実はちゃんとここで食べたことが無かったのだけど


むちゃくちゃうまい

もう、私の食べたソフトシェルクラブのサンドイッチなんて信じられないよ。
あげたソフトシェルクラブと、ローズマリーでグリルした野菜(アスパラガス、赤ピーマン、ズッキーニ)と一緒にはさみ、それにスパイシーマヨがかかってんの!!!

むっちゃくちゃうまい。
そして、スープグリーンピースのスープっていうから、まあ寒いからオーダーしただけで全然期待してなかったんだけど、これもローズマリーだかタイムだかをきかせたむちゃくちゃおいしい味わい!!!!!!

グリーンピースのスープがこんなにおいしいはずが無い!!と思うようなおいしさ!
そのあとに食べた抹茶クレープのあまさひかえめなクリーミイな味わい...。たまらんよ〜!





はー以外に大変
マチュピチュ行き、意外に大変よ。

行きかえりの電車がなくなっちゃうから、早めに予約しなくちゃいけないし、しかも行きと帰りで160ドルぐらいしたよ!びっくりだわよ。安いのでいいと思ってたら、朝早いのと、最後にクスコに着く電車はみんな高いのしかなくって、ホント、えっこんなに高いわけ?ってくらい。

一日コースにしてしまったのが間違いだったのかも。亜具飛鳥離縁手巣(アグアスカリエンテスの変換がこんなんかよ...)一泊して、安い電車で行きかえりをすれば、たぶんこの電車賃より安く済んだはず....。チチカカ湖に行こうと思ったばかりにこのような高額旅行になってしまった...。
いかんまだサラリーマン気分が抜けていない。
収入はもうないのだぞ~!!

ところで1万ドル以上の退職金プラス最後のコミッションをもらったのだけど、すごいよ!まじで!
税金ぬかれたら半額しか入ってこなかった!!!!

再来年は念入りにタックスリターンをしてやる!
ちくしょう!貧乏人から金を取りやがって!
(ファイヤー!)


えっと。



チチカカ湖じゃないや、マチュピチュね。


なんか入場制限があるから入場料も買わなくちゃいけないのか!とおもってあわてたんだけど、なんかこれはそうでもなさそう。

私は一日クスコで泊まるから、その間にホテルとかで買えばいいよね。

しっかしさあ。
メキシコシティは海抜2400mとかで、それでも鼻血を出していた俺なのに、海抜3000mとか大丈夫なのかなあ?

身長の高い人(私)は重力の力が強いのかしら。
しかもこないだ、やっぱり私はテイケツアツショウなんだって~。

絶食してこないだ計ってみたら上が90とかだった。
立ちくらみは昔に比べれば全然ないから大丈夫なのにさ。

でも昼間もだるいからって寝転がってはいけないんだって....。そんな。
そういえばうちの母も低血圧症ならしい。

低血圧でハイパータイロイドってありなの?と聞いたらありならしい。

誰か私をひもつけておぶってうごかしてやってください。
だるいのは仕方ないんだね~。
しかも大きいから血の巡りも悪いしさ~。

生きているだけでまるもうけ!なのかも。

何を書いているのだ....。

そんでtripadviserを一生懸命見て勉強しているんだけど(またマチューね)、どうも私の行く間はあったかいんだけど、ずーーーーーーーーーーっとあめふっているみたい。だから、雨が降っても大丈夫なジョギングパンツ見たいのが必要ならしい。
きのう、TJMAXXでレインコートを買おうか悩んだんだけど、クスコで安くビニールポンチョ見たいのが売っていて、それがいいそうよ。

でもそのかわりあしがぐちょっぐちょになるので、ぬれてもだいじょぶな(ていうかぬれない?)パンツがいるんだって。俺、それを買いに行きたいけど今日は日曜で人が多いから行かない。

でもいこかな...。歩いて5分だし(すごい低血圧症ね)

靴は昔に、ああそれこそ大昔にフランス行くまえに買った(2004-2005年一月あたり参照)登山ようっぽいブーツがあんの。
ほら、一年使わなかったら捨てろとかいうじゃない?ああいうのって当てはまんないよね、こういうとき。備えあって憂いなしだしさ。

確か、アディダスかなんかのぬれてもだいじょぶなパンツもたぶん捨てちゃったと思う。
こういうときに(捨てなきゃよかった)とおもうわ。まためったに使うことのないものを買わなくちゃいけないじゃない?
せっかくとっておいてたんだから、もう少しとっておけばよかった。

ところで。

http://homepage2.nifty.com/7m1lot/zatsudan-frame.htm
のページの左側に濁酒の作り方と言うメニューがあるんだけど(このトップページはなぜか文字化けしている)、そのページのやり方でどぶろくつくったんだ。

味は甘酸っぱいしゅわしゅわした米入りのみもの。おいしいよ。
おいしいんだけど、米麹が生米状態で入ったままなので、しゅわしゅわごくごく最後は生米。

みたいなかんじだ。


あれだけアルコホリックがうんたらとか言っているくせに、つい飲みやすくておいしいので、寝起きに飲んで(食べて)しまう....。

無職40歳女性朝から飲酒、しかも自宅で密造酒をつくり....

なんていったらすごい感じだよね。
本人は、「アルコール含まれているのかなあ...」
3杯飲んで
「あ、ちょっと酔っ払ったかも」
ってな感じ。
たぶんアルコール分は3-4%くらいじゃないかな。

もしかしたらもっと少ないかも。
このままほっておくとたぶんお酢になっちゃうと思うので、そろそろ発酵やめどきかな?


でもおもしろいよね~。

米麹を作っておくかなあまた。
と思いつつ日記を書いてしまう。

今日はICPでクラスをとったときに先生をしてくれた人にちょっと昔の作品を見てもらった。
またクラスをとって、もう少し作品をデベロップしてみたら?といわれた。
話を聞いてたら彼女は年下だったのだけど、なんというか、やさしくて話しやすい人だなと思う。

ありがたい。

そのあとオンラインデート(また不毛な...)。
きづかなかったけど、相手フランス人だった(爆)
話してみたらアクセントがあるんで、聞いたらやっぱりフランス人。どうも仕事でずいぶん成功して今はほとんど働かなくて、NYとフランスを行ったり来たりしているらしい。そして最近小説が書き上がったらしい。
がつがつしてないところを見ていると、既婚者じゃないか?

何となくふとそんなことを思った。

っていっても、あまり私の会う人はがつがつしている人いないんだけどさ。っていうかそういう人を避けているのは俺か...。

なんか自分のアートをデベロップしていく方法とかそのジレンマとかを2時間くらい話し合ってた。
小説書いているといってたので、私はてっきりアメリカ人のプライド高い元サラリーマンが時間のあるためにいろいろ書いてて... と思ったら、一作目ちゃんと出版しているらしい。(フランスで)
なんか細かいことは聞かなかったけど。
ていうかどこまでほんとかわかんないし。
相手も特にいわないし。初対面でいろいろ聞くのもどうかと...。

まあこうやって私もだんだん普通の人になっていくと、昔みたいな異様な盛り上がりとか、インスタントなボンディングとかしなくなってくるなあ。
ていうか昔のあのやり方が異常だったんだね。
(そのかわり一気にくっつくとかない)
昔はそういうの得意だったけど。

悩んで悩んで買わないことにしてた、雨用ズボン、センチュリー21にいったらメンズのものがなんと9ドルで売ってたので(ついてた値段が17ドルだったのに、買ったら9ドルだった)買ってよかった。
旅行ってさ、特に雨とかって洗濯している暇がない(そして乾かない)と意外に
いるのよ着るものが。今回は細かく移動するから、日にち分の洋服もっていこう。

あーだいじょうぶかなー。
こんな短期間で忙しい旅行。
したこと無いよあんまり〜。

がんばろー。

あ、ちなみに今朝こないだやった身体検査の血液検査で異常が無いと電話が来た。
ということはendocrinologist (だっけ?)にあわなくていいのかなあ。

おはよう

2013年2月6日 日常
と言いつつも正午過ぎ。

なんか今朝は外と隣がうるさくて、(例のお隣のカップルだけど、なんか知んないけど女の人のほうが早朝にぐだぐだ怒鳴ったりするのが恒例みたい。時々起こされんだよね....)半端におきる。

おおあさってはもうペルーに出発ではないか!
洗濯しなくちゃ!

こないだの身体検査で血液に以上が見られなかったので、エンドクロロジスト(だっけ?)のアポをキャンセル。

したらば明日洗濯できるじゃん!

今日してもいいんだけど,今日は四時から町内クレンジング!いや腸内クレンジング!にいくのだ。

確か去年もこのくらいにやったんじゃなかったっけ?
ウンコをだしてもらうんだ!

でも最近の私は、かつてのBBS の題名どおり、ぶっというんこをしておるのですよ。
ぶっというんこしていたときはそういや無職だったなあ(遠い目)
ウンコできるようになるには仕事をしてはいけないし、でも仕事をしていないと収入がないので、ウンコどころか飯が食えなくなる。
世の中は複雑よのう。(ちがうか)


だから
ウンコしまくり→金がなくなる→ウンコできないけど働く→体が具合悪くなる→仕事やめてウンコする。

と言うサイクルになるわけです。

大体サイクルは

ウンコしまくり(1~2年) →働く(4~7年)→またウンコ期 (1~2年)(繰り返し)などというサイクルなのだ。


すごいでしょう。
こういう書いているとたのしい。
とっても馬鹿らしくて。


だから明るくなったっていわれるのかなあ。

飼われることは嫌いなので、仕事しなくちゃいけないんだけど、仕事に向いてないんだなあ。ルンペンにも向いていないし。

ま、いまはいいけどね。


実はおととい突発的にフランス人の舞踏ギャル(うそ。ただ女性だっただけ)のクラスに参加したら、すごくよくかった。(まあそのあと2日間大変なんだけどさ)

一緒に組んだ女の子がセッション中にしくしく泣き出し、その子をいたわる状態に自分がなっているとき、誰かがこれを私にしてくれていた記憶がよみがえってきた。
それは、分裂病の姉だった。

姉が発病する前は、本当に誰にでも好かれる親の一番自慢の娘だった。妹だった私と二番目の姉は1番上の姉の取り合いをしたものだった。

姉は、必要としている人に自分を与えるような人だった。ネグレクトに近い形で育っていた私を時々注意深くみてそばにいてくれるような人だった。でも親や回りの期待のこたえることばかりで、自分が何を感じて何を考えているのかすらもわからなくなっていったんだと思う。
遺伝としての精神的な脆弱さと、完璧な娘であり姉であるプレッシャーと、思春期のホルモンのバランスと家庭環境のストレスがすべて要因になって発病したと私は見ている。

病気になってからの姉は、人が変わったように攻撃的で、疑り深く、妄想に惑わされる人になった。

私は姉が恋しかったのだ。
失ってしまった姉を。

発病後も姉はそばに来て私に精神的に交わりたがることがある。私はいつもそれを感じると恐怖をおびえる。私たちはいろんな意味でとても似ているけれど、私はとても違う生き方を選んだ。自分を守るために。
だから姉は私のそばに来たがるのだけど、私にとってそれは安全ではない。
境界線があやふやな家族といると、私の境界線があやふやになってしまう。
それはその家庭で育ったから仕方のないことだけど、ある一定の形での同化していく感じはとても危険に思える。
おそらくそこに回復や癒しの鍵が眠っているのだろうけど。
私にはまだその形がつかめていない。

そのあとの二日間は、独りになって静かに座っていると涙があふれてきて、とても疲れてしまった。
昨日の終わりには、
「このままこんなにfragileな感じでいて大丈夫だろうか?」と不安になってきた。
でも今朝はすっきり!

すごいなグリーフィングの力は。
体のテンションが少しづつほぐれていく。

舞踏は13年くらい前から何度か舞踏ダンサーズの海外どさまわりにくっついていろんな国にいったけど、友達だからなせいか、どうも照れくさくってなかなか外部の人(彼らのお客さん)がいるワークショップとかにはぜんぜんいかなかった。まあ体力的についていけないと言うのがメイン何だけど、今回の人は意識を動きについていく人に集中させて動く、と言うとても瞑想的なエクササイズでものすごいつぼにはまった。(結果的にはやっぱり足腰ががくがくになるけど)

舞踏すごいな!
安全な形での融合と共有と言うのは、癒しの中での大きな鍵かもしれない。
仁神術でもアメリカで発達させたメリーさんは、
「私たちの鼓動はひとつなのです」と言う言葉をのこしている。

つながるものがあるなあ。
あしたは!
もう!
ペルー発!

といっても明日中にはマイアミにいるだけなんだけど。

安いチケットを買ったので、3回飛行機を乗り換えなくてはいけない。
乗りかえってさ、結構ラゲージの紛失が起こりやすいから、翌日のマチュピチュ行きの洋服はリュックに入れていく。
....だけじゃなくてもう少しもとうかなあ(不安)。

でもマイアミに8時間もいなくちゃいけなくて、そんな大荷物を持って歩いているだけで疲れてしまうので...。難しいねえ。選択が.(旅先では洗濯も難しい)

まあそんな不安材料は抱えながらも、しかしマイアミ。
8時間滞在ってすごいよね。
ヨガ教室にでも行こうか...
ととりあえず探してみる。

うむ。ビーチヨガもいいが、その後一晩砂だらけで過ごすというのもどうかと....。

まあ、いいや。やっぱビーチヨガはだめだな。

はー。
タックス申請もしなくちゃいけないし(これは帰ってきてから)
UPS返品して、
DVD 送って薬取りに行って洗濯しなくてはいけない!!

よし!がんばるぞ!

****洗濯まではいった。
あとは、乾燥機に入れたら、かーとでUPSにボックス持ってかなくちゃいけない。
(もってって返品するものがあるんだけど)
そして、昨日行ったドラッグストアに再訪して薬取りに行かなくちゃ。
昨日取りに行ったら、
「保険の記録がない」といわれてびっくり。こないだ健康診断したばかりだよ。と言って、保険会社に電話しても埒が明かなかったので、かえってオンラインにログインしてみたら
無効
になってた。

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいお~~!

と会社にメールしたら、やつらまた「手違い」で俺の保険キャンセルしてやがる。

まーじーかーよー。
おめーらいったいいくつ手違いが生じてしまうわけ?

まあ直したからいいけどさ。
ほんと、いい加減な会社だよなあ...。
だから退職金もものすごい税金取られたけど、一括にしてもらったわけ。
こいつらに翌週ごと支払わせてたらいったいいつ「手違いで」送られてこなかったとかになりえないもん。


orz


さて、きのうはうんこ吸い出してもらったんだけど(うそ、colon cleansing) 、やってくれるものすごかっさかさのミイラみたいなおばちゃん今年もいました。よく生きているなあ、とおもうけどさ。昨日は口紅つけてたよ。
動いてなかったら生きているかどうかわかんないよね。

いやまじで。死体と言われてもわからないくらいのかさかさしわしわさです。
そんなあなたに15回セットで毎日5日間腸内洗浄されて、あとの十回は毎週やると腸の筋肉が戻る。とかいわれても、ごめん、説得力ないわ。

今朝大きなのがしっかり出たよ。というと
一日何回食事するの?と聞くので
大体二回かな?というと

「二回食事したら二回分でっかいのが出ないと便秘よ!!!!」
と言い切った。

...............はあ?

運鼓吹出してもらうのに120ドルも払いたくないので、この50ドルのコースを買ったんだけど
「これは初回の人だけのものなのよ!」
と言いやがる。
だったら前回買った人は買えなくすればいいのに....。

とおもったけど死体を怒らすとたたられそうなので黙っておいた。

確かに初回は、この世のものとは思えないほど(そしてものすごい長く感じた)脂汗の連続だったけど、最近は毎日ぶっというんこをしているので、時折ぶつのそんざいを感じたときに
「お!!!やべえ!!!」
とおもう意外は大丈夫だった。

そして、唇の乾燥もやっぱり少し収まった。
収まったけど、肌の状態は前よりぜんぜんいいので、前回のような
「おおおおおおおお!!!」と言う感じはなかった。


でもからだがぽかぽかした感じや腰の冷え感はへってたな。



.......でも胃を通過しないで大腸に大量の水分が入ったせいかなともおもったわ。

しかしあの死体婆さんはほんと怖いなあ。

「小麦粉、精製した米、生魚、乳製品、大豆製品、肉は食べるな!」

「小麦や精製米でできたものは、おなかの中でべとべとの塊になって体に蓄積する!」

とかのろいのようにいわれても、たぶん私だったらそういうもの食べている自分としわしわ婆さんのどっちの体になりたいか?と問われたら、私自分の体がいいとおもうもの。

しかもあの婆さん、自分の子供にも小さいときから直腸洗浄していたそうな....。

子供、かなり異常な大人になったんだろうなあ...。

まあ前回かなり後日におなかが膨張して痛くなったんだけど、電話したら
「それはそれだけ毒素がたまっているのよ!!」
と言われてセールスされた。

スルーしてまた今年の割引をつかったけどさ。

去年のような劇的な変化がないので、(たぶん去年はとっても体が悪かったんだとおもう...ストレスで)もうやらなくてもいいかな。


Hola hola!!

2013年2月8日 日常
スペイン語に切り替える用意をしなくちゃいけないわ。
大丈夫かなぁ。
JFK に早めに着いてこれからマイアミにとびます。
なんかドキドキだ。
いつもの日本とかカリビアンに行くみたいに直行便でないので、ラゲージ紛失する可能性がすごく高いなと思ってちょっと心配してます。
だから2日分の洋服をもっていくんだけど手持ちで、今度はそれを持ってマイアミの街を流浪しなくていけないことがちょっと玉に瑕です。
マイアミで1人で過ごさなきゃいけないので、サウスビーチに行ってヨガ教室でもいこうかなと思ってヨガ教室を探していくつもりです。
そしたらOvernightの飛行機の中で眠れるかなと思って。

チェックインしたらいきなりロクシタンがあって、思わずロクシタンでもの買いたくなったんだけど、液体のもの買ってしまったら、手持ちで持っていけなくなる。
と言う事持ち運びができないからその場でいきなりつかわなきゃいけないね。

なんか今から割とどうでもことがすごく心配で、そのせいか荷物も多くてちょっと心配です。
何より高山病と後は寒さと雨、そして時折あったかいところにいくので、それ用の格好をもってかなきゃいけないから凄い大変。

ちょっと不安です。

まあ、マイアミでカッコ悪く登山靴はいてあるくよ。

クスコだよー

2013年2月9日 旅行
クスコだよー
クスコだよー
ドアツードアで24時間以上たってやっとクスコにつきました。
途中にいろいろあるんだけどさぁ、とりあえずクスコやっぱり高いよ。標高が。
ついても特になんてことなかったので、大丈夫だと思ってタクシーに乗ってから必要なことを済ませて、さぁ歩いてみようかなとかって思って、市場にいって先住民の方々のクラフト等を選別していたんだけど。
買い物中は大丈夫だったんだけど、その後
宿に帰ろうと思って、ここいきたいといったら、皆さん全然違う方向を教えてくれ結構長いこと歩きました。

その辺からなんとなく異変が出てきて胸がやたらとドキドキすると。
歩いたけども、とりあえずウチについたので、夜間飛行機で一晩を明かしてしまった状態だったので、とりあえず横になろうと思って部屋の中で横になってました。

そのうち気がついたんだけど横になっても、ドキドキが止まらない。
しばらくごろごろしてたんだけど、それでもあまりにも動悸するし、雨も降って来ちゃったし、とりあえずシャワーも浴びて、しばらくiPhoneをいじったりしてインターネットだったけどさ、マチュピチュは明日も雨のようなので雨合羽買いにいかなくちゃいけない。
重い腰を上げてとりあえず観光客が集うところまで歩いていきました。
またまもなくドキドキするしー、なんかもどうしようと思って。
ちなみに雨合羽は道端でおじさんが売ってたのでそれを買いました。
私結構道端とかで物買うの好きなんだよね。
もちろん人を見ますが。

しかし市場はねぇすごかったよー。ほしい物すごい沢山あった。先住民のお母さんたちがねんねこみたいにして使ってるふろしきのみたいのを2枚と、白のアルパカのセーターを1枚と、そのねんねこを使った鞄を1つ買いました。

もっともっと欲しいものがたくさんあった…。
大体今までの経験から言うと、みんなが生活のものを買う市場でお土産を買うのがいち番安いんだよね値段の設定が。
それだけ既製品みたいなものが山ほどあるだけど。
その中で何か目が引くものが大体私が好きなものなんだよな。
だから欲しいものがたくさんあったいっても、星の数ほどあるものの中から両手で数える位かな。
それはたくさんではないか。

でも俺やっぱりちょっと1日きたばかりの時に10個くらいのもの買っちゃうっていうのどうかなーっておもうんだよね。100ドル位全部買ったら…いやもっとするか。

何せ物欲の塊ですから。

でもさぁ昔メキシコに行って、いろいろ買って、買ったものきなかったりとかするのもあるんだけど、やっぱり凄く大切なんだよね。大好きだから。

だからこれも私の大好きなものになりそう。

アルパカのセーターなんて全然買う気がなかったのに、ふわふわで柔らかくて白くて可愛くて、絶対私よりも小さい人が着るべきものなんだとおもうんだけど、(お腹のあたりとか)でも買いました。

すごい可愛いんだよ〜。

でも絶対洗えない。多分。
洗ったら二度と私の体を受け付けてくれないと思う。
縮んで。

あなたが洗濯にいくまでの付き合いだわ。
もちろんドライクリーニングもありだけど、
わたし肌につくものがドライクリーニングってやなんだよね。

さて、そんなに比較的どうでもいいことは置いといて、凄いよークスコ行きの飛行機に乗ろうとしたら日本人の団体さんがいっぱいました。
みんな若いお嬢さんか、そのお母さんみたいな感じの人達が友達できているみたいで何人か男のことこみたんだけどもすごいよねみんな。

わたしも一人でよく行くね。って言われるけど、ほんと悪い意味じゃないんだけど、英語もよくわからない状態でみんなよく海外に行くなあって感心しちゃう。
私もスペイン語しゃべれないくせにスペイン語圏に行ったりとかするけど、ある程度基本的なことから何となくは質問とかできるからまあ、同じか?
でも誰か知らんある程度英語がわかるひともいるから…。

あと私も人のこと言えないけどさぁ、(いつも一人ぼっち)旅行ってさぁ外人皆カップルで行くひと多いんだけど、日本人の場合は絶対に同性の友達と行くんだよね。

でもみんな背が小さくてなんとなくおしゃれでさらっとしていて、たくさん笑っててすごく楽しそうだった。朗らかな一群いう感じだった。
周りは全然そうじゃないからさ。クループで旅行してるドイツ人とかヨーロッパ人とかいてもなんか全然日本人の若い女の子たちのあの底抜けの安全感や、ホンワカ感は絶対ありえない。

昔さーまだ海外在住も日にちが浅かったころ、そういう女の子たちやおばさん達見ると、
おまーら大丈夫かよ⁈
とかって思ってた。だけど今見るとなんてすごく特殊で素敵な人たちなんだろうってすごく思った。
いや同じアジア人でもこんな感じの人達いないもん。

これはねー本当に凄く特殊なことだし、世界的にまれだし、歴史的に見てもものすごく稀な事だと思う。

なんていうかさぁみんなで体験すると本当に怖くないっていう感じなんだよね。
消して悪い意味じゃなくて。

心底共有できる感覚なんて本当はないんだけど、でも日本の女の子達の間にいるとなんか実はそんなことあるんじゃないかと思う気になってくる。

すごい不思議だし、すごい事だと思うよ。

っと書いている私は、もうすでにすっかりその彼女達の外側にいることなのかな。
あまりにさんざんのことがありすぎてこの唯一無二の私の友の日記かけなかったくらい。
マチュピチュに出発したのにたどり着けずに戻ってきてしまったてことなんですね。
しかも乗った電車が。
しかも出発が7時45分そしてもどってきたのは大体四時。果たして一体8時間はなんだったんだろうと思わせるような。

結論は雨季の終わりに行くなと。
そして馬鹿高いクスコからじゃなくて、比較的問題の少ない途中の駅から行った方がいいと。
そしてやはり2泊3日からした方がいいと。

今回も考えてみれば無理して行ってもいいんだけど、拒絶されたから新しい場所チチカカ湖にに行くことにしました。
もうすぐ出発。
チチカカ湖最終日
クスコからチチカカ湖に行くよーと言っておきながら時間が経ってました。
実はチチカカ湖に着いたら、年に1度の大きなお祭りで、それを見て、チチカカ湖ツアーに参加し、帰ってきてもまだみんな通りで踊ってるし、カメラでとっている時間がながくて、2日目も終わってもう今日クスコに戻ってなくてはいけません。

cuscoの人のよりもっともっと友好的だし、凄いじーっとか見てるのでにこっとするとなんか照れくさそうにしてたりとかsweetな感じの人が多いです。

クスコではそういう感じではなかったな。
特に若い人の方が友好的ですね。

2日目チチカカ湖の島を回るツアーに参加しました。
そこで1人で世界一周旅行している若い日本人の女の子に出会って意気投合しました。すごい大人しそうなのにインドでサリーをきてジャンプしてる写真があったり、と面白いことを凄くたくさんしてて面白かった。

ただ高山病になってしまってて、頭が痛いそうなので、和らげる薬をあげたら、しばらくあとで、頭痛はなくなったようです。

高山病の薬凄い。私は動悸がすごかったので、頭痛まで行く前にもう既に薬を飲み始めていたので、飲まなかったらもっとひどくなったかなと思います。

ところでチチカカ湖。
感想は…なんか微妙だなぁ。
でもすごく行きたかったので、行って良かったと思います。

でも2番目の島、タキレ島は、クスコよりも高い。 プノより、さらに高くて、結構登るのは大変でした。

最初に行ったのはウルス島という水草で作った浮島に住んでる人たちです。
水草の上の建物も何もかも船さえも自ら水草で作っていて、ものすごいものすごかった。料理に使う燃料もその水草なので、結局すごく寒いチチカカ湖の上に住んでるのに暖房がない状態です。もちろん電気もないしもちろん水道もない。水道はたぶんチチカカ湖…。

でもその水草で作った浮島の上で暮らしてる人は何千人にも上るそうです。なんか旅行していると先住民の人とかの生活ぶりを見てしまうとなんかすごく驚いている自分がいます。
大体日本にそこまで歴史的に資源のない生活をしているコミュニティはほとんどいないと思うので、わからないけど、自分の国の人がこういう状態だったら、かなりつらいだろうなあと思いました。

ただ私の中南米の先住民の人たちが素晴らしいと思うことは、彼らの作るクラフトとその美術センスの凄さはなんですよね。
続きはあとで。

ただいま!

2013年2月15日 日常
おかえり~。

見るのが怖かった通帳だけど、確実にがっくんとお金が減っている。
旅行するならサブレットしないと無理だわ。
絶対に無理だ。

しかし今回のペルー旅行5泊7日のたび(行きも帰りも夜行便だったので)で気づいたのは、私やっぱりもうあの9年前くらいの自分じゃないなあ、とおもった。

もっと自分が大事で、お金よりも快適さ(そんなに高くはないけど)を求めるし、なんだろう。
お金に関しては「ない!!!!使っちゃいけない!!!!!」という強迫観念がいつも子供のころから付きまとっていたんだけど、今はあまりそういうのなくて、
「またこれがあるかどうかわかんないから、まあ多少はいいか。」
と自分に優しい私になったということ。

でも自分に優しくなる分だけどやっぱり結構お金いるわ。
他人と比較対照しても仕方ないけど、(知人の中には旅行をしたらラグジュアリーホテルに泊まらなきゃ意味がないとおもっている人たちもいる)まあ、自分の使用前使用後と比較して、感じたんだな。

特にあのメキシコ旅行(モロッコもそうだけど)のころはある種自暴自棄でどうしていいかわかんないからどうにでもなれ的な考え方だったので、(だから誰もいないビーチでおぼれそうになったりもするのだ)ホント、かかるお金が違う。
今回だって6時間くらいのリマ滞在、往復で約40ドルくらいかかるのなら、昔だったら絶対に空港の中にいたな。
でも今回はまたいつ来るかわかんないし、とおもってとりあえず外に行ってみた。
まあ、4時間弱で40ドルってどうかな~とおもったんだけど(しかもやっぱりみんなが行ってたみたいにあまり行って楽しいところでもなかった)、でもとりあえず気になったから行ってみる、みたいな?
飛行機に乗るとき知り合ったペルーとアメリカに半々で住んでいる年上の女性(しかも死の谷でペンションを副経営している)もリマは何も面白いことないから私は空港にいるわ、(でもタクシーとの交渉を手伝ってくれた)といっていたし、まあ、あたってた。

一番面白かったのは、空港に戻るときに拾ったタクシーの運ちゃんが、(行きの人が迎えにきてくれるといってたんだけど、あまりにすることがなくて思わず早めに戻った)絶対走り屋と見えて、ものすごい勢いでぐいぐい割り込んでくる中に負けずにぐいぐい割り込んでいくので、3回くらいは怖くて思わず声が出た・・・・タクシーに乗っているときだった。

この走り屋の兄ちゃんの車に乗ってて、きっと昔だったら、誘われてたらパンツ脱いじゃうだろうなあ・・・とおとなしい顔をして (私の顔はとてもおとなしいしまじめに見える)そんなことを考えてた。
ああいう人たちは人の気配を嗅ぎ取るから、時々車内鏡で目があったけど、大人の分別を聞かせて知らん振りしてた。(妄想族自己申告)

だいたいさ、こういう男の子がすきなんだよなあ~。
あほで全然将来性もないし女に手をだすのが好きで、一緒になる女の人は必ず苦労するっていうパターン。
だから私独り身なんですよ。
もうやだもんそんなの。
でもそんなのにしか惹かれないから。

でもペルーの人はほとんどみんな自分の子供なんかをとってもかわいがって一緒に遊んだりして、女の人は何があっても子供を守ってくれそうだし、私が男だったら絶対自分の子供のお母さんになってほしいとおもうような人がいっぱいいました。教育がなくたってお金がなくたって、夫がいなくったって、絶対子供がしっかり育ちそうな。
母性が強いんだな。

あれもないこれもないなんていっている妄想族のあたしの正反対ですな。

みんな結構若くして子供作っているから、あれよ、お父さんでもいい感じな雰囲気をかもし出してくる人もいて、それはプノ→クスコ間のバスの隣の人が、何気にすごく優しくて、心の中で
「この人結婚してなかったら、(後ろの席に妻とその子供がいる)ぜったい口説いてきただろうなあ。(でたぶん私も乗ってた....その人がおしっこくさくなかったら・・・・)」

そう!プノで困ったのは、結構ぷうんとおしっこくさい人がいるのです。
この人もぷうんとおしっこくさく、(その人が隣に座っていきなりにおった+ずっとにおってた)それはちょっとだめですね~。

まあ、擁護すると、二日間プノではカーニバルだったので、みんな基本的に道ションなのですよ。しかもコスチューム一日つけて踊ったりしているし、(途中で入ったり抜けたりする人もいるけど)脱ぐことなんかできないし、まあ、道もおしっこくさいし、そんな感じでにおうのです。

きっと私の横の若いお父さんも、お祭りじゃなかったらそんなにおいしなかったんだろうけど。


ああ、疲れてきた。
でも天気がよすぎて眠れない。

こんなわけわかんないことを読んでいてくださりましてありがとうね。

しかしなー。
マジ、旅行どうしよう。
(あ、帰ってきたばかりか)


そういえば今日はパパの命日。
5年前の今日のお昼にママから電話があったのだった。

ああ、電話するの忘れた。
あとでかけよう。

そのときのままの声音も言葉もよく覚えている。
私は言葉もなく、黙って母の声を聞いていた。

感覚は、なんとなく、ゆっくりと底のないところに落ちていくかんじ。
あのしびれた感じは今でもよく覚えている。


パパは元気だろうか。
って死んじゃったから元気でも何もないけどさ。
でも時々おもう。
まあ家は母が仏教系で、死んだ親しい人なんかを本当に生きているかのようにはなしたりするので、(例:パパどうしているかしらね、とかいう)もしかしたら変わっているのかも。

時々島に住んでいる旨を夢でお知らせしていただくので、そうですか、と理解はしているのだが。
(島に住んでいる報告を除いて)大体父が夢に出てくるのは、

1、もうすぐ父が帰ってくる
2、父が帰ってきた
3、私がどこかに行くのだけど、父が来た、
4、仕事場に父が来た
のパターン。

私にとって父は仕事の象徴なのかもしれない。
気がつかないうちに一番長い職歴のタイトルは、父を一緒になっている。(役職ないですが) あたしゃ娘息子なんだろう。

今朝同じ仕事の話をリクルートの会社から送られてきた。
まあ、人材会社から来るのは割とあたらないことが多いので、きらくに話を聞いてみる。

しかし、クスコ-リマ間の帰りの飛行機であった人の話が忘れられない。
彼女は画家なんだけど、お金を上手に投資したために、かなりの財産もちになっているそうだ。10年前2万ドルを投資したホテルの資産が大きくなって、それを売るらしい。
14エーカーだってよ。よくわかんないけど
...東京ドームより多おおきいんだ。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212165697

チチカカ湖周辺のプノは重要な歴史的なクラフトの宝庫で、本当にすばらしい。
こういうものを作る人を保護するような施設はないのだろうか。
メキシコのサンクリストバルにある(名前忘れたけど)博物館はもともとアメリカ人夫妻の私物で、でも彼らは、片道何時間も歩いて帰らなくてはならない先住民の人たちに、夜は屋敷を開放して、食べ物を与え、寝る場所を確保してあげたらしい。
そのお礼として、先住民の人たちは自分たちの作ったクラフトをもちこみ、その作品と、夫妻が集め、残したものを博物館にしている。


私が行ったときは今でも、ボランティアによる先住民の保護が行われているらしい・・・・。
なんかそういうことができればなあ。
とおもった。

先住民の人たちを見ていると、山形出身だった祖母を思い出す。
貧しい村に生まれて、子供のころに母をなくして、小学校3年生までしかいかせてもらえなかった祖母。
コタツ以外の暖房(もちろん電気ではない)がなかったので、厚着が癖だった祖母。
年を取って、実家にいることが長くなって母が世話をしているときによく、
「おばあちゃんこんなに何枚も着てたら暑いでしょう!もうたまねぎみたいなんだから!」
といってた。
先住民の女の人の着膨れした姿や、何枚も重ねたスカートを見ていたら思い出していた。

多くの彼女たちはなんだかとても怒っていた。
現代的な格好をしている現代人のプノやクスコも人たちからは明らかに差別されていた。
クスコの広場からは、旅行者にお金をねだろうとかわいい民族衣装を着た先住民の人たちが、観光ポリスから追いかけられていた。

観光中何度か写真を撮ろうとすると必ずお金をねだられた。
今度はこちらがお金を払うべきかどうか、悩んでしまった。
逆にあげるものがなくて取った写真はなんとなく罪悪感を感じた。

でも写真を取られる=お金をもらうという行為のどこがいけないのか、どこが問題なのかはわからないが、いつもなんとなく気まずい思いをしたので、あまり先住民の人を撮ることはしなかった。

盗み撮りになるか、お金をねだられるかのどちらかだから。

自分ではどうおもっているのかよくわからない。

彼らは、自分たちがまるで珍しい野生動物みたいに扱われることを気づいている。
私も挨拶をしたりしたいのだけど、話すことをきっかけに気に入らないものを交わされるのではないかとなんとなくびくびくしてしまう。
(実際一人の子供に付きまとわれて少し怖かった)


私がパレードの写真を取っているとき、パレードの邪魔にならないようによけていたら、メインの場所にすわっている女の子が空席をさしてくれた。
ありがたく座るとその後ろに座っていたおばあさんがとても怒ったように何か言って、手振りであっちにいけ、というしぐさをした。

おそらくお祭りは地域の人たちのものだから、外国人が前に陣取るのがいやだったのだろう。

すぐに席を指してくれた女の子に挨拶をしてその場をたったけど、自分たちが築いてきた文化を売り物にして利益を稼ぐ現代人、自分たちを珍しい動物か何かを見るような目で見る旅行者を相手に生活をすれば、怒りもわくだろう。
搾取される側の人たちは、自分たちの生活は楽にならず、自分たちの収入源である古代と同じ生き方は、多くの犠牲が必要だし、そんな犠牲をせずに、もっと多くの現金収入がある現代人は、自分たちが払うような犠牲をせずに快適に暮らしている。

自分たちの収入源は、その不便な暮らしに基づいているのであれば、それを手放すことはアイデンティティを手放すことと同時に、今ある収入源も手放してしまうのだから。


なんだかな~。

やっぱりホテルでの眠りがあさかったよう。
家のベットで寝るとかいてきだぜ。

でも目が覚めたら、今日は何をしよう?と考えてしまった。
当たり前だけど旅行中はどっかに行くか、移動をするかで忙しく、また何も特別な用事のない日がきてなんか驚いてしまった。

とりあえず、連絡が来た仕事のために履歴書を改善して送る。
このポジションは実は前に見たことがあって、もう最近は見ないから終わってんのかとおもったんだけど。

まあ、あたればそれはそれなりに。
外れればそれはそれなりで。

ほかの二件ほどちょっと興味があったポジションがあったんだけど、どうしようかな~?
レジュメ作成が結構大変なんだよね。
めんどくさがり屋の私には。


でも働くか、サブレットして旅行に行くか、いずれかしないと、お金が出ていばっかりでなんとなく・・・・そうじゃない気がする。
でもこないだの旅行でおもった、昔の文化の継承・保護的なことはすごく気になるしな。一応ルーツである東北地方のことも気になるしな。

以外かもしれないけど、こないだのペルー旅行でおもった日本て特殊な場所、的なことを考えているんです。
日本ていっぱいいいところあるけど、それを生かしていけるんだろうか?
なんかそういうこと。

まあ私なんかがかかわらなくても、みんなそれなりにやっていけるのだから。
私がそんなことをおもうのはたぶん自分のことが不安だからだとおもう。

そうだそうなんだ。

そう、旅行に行って思ったのは、ここで私がまたふらふらと旅行することが世のため人のため自分のためになるんだろうかって事。

中年を超えておじさんたちが仕事しかなくなるのは、それしか世の中とかかわる方法がなくなるからかな、とおもった。
私は中年のおじさんと一緒だから(万年平社員の)、まあ、養う家族もいないからきらくに旅行してまた同じような仕事につくけどさ、だんだんそれでいいのか的な思いが頭の後ろのほうからじわじわと染み出てくるんだわ。

死ぬまでに自分にできることって何だろう、っぽいかんじの。
あまりたいしたことはないんだろうけど、貧しい国を旅していると、自分の境遇は恵まれたものだから、何かをしなくちゃならないような気がする。
間接的にせよ直接的にせよ。

むずかしいですね。
年をとることは。
http://tarabuji.blog.fc2.com/
ものすご面白いです。
しかもここで、モモの作者のミヒャエル エンデさんの二番目の奥さんが日本人の翻訳家の方だったことを学びました。
すごいね!

http://ja.wikipedia.org/wiki/佐藤真理子_(翻訳家)

そんな人の旅行日記に感心しているより、自分の旅行日記をかけよ、と。

プノでとまったのは、pukara hotel
http://www.tripadvisor.com/Hotel_Review-g298442-d318182-Reviews-Hostal_Pukara-Puno_Puno_Region.html
英語を話すひとは約一名しかいなかったけど、ホテルで熱いお湯はでるし、ヒーターのある部屋もあった。
部屋は二重窓なので、比較的寒くなかったし、部屋は小さいけど過ごしやすかったです。
ただ、プノやクスコにありがちな、やたらくそ重い毛布3枚がけとかなので、ちょっと重くて目が覚めたり...。

ちなみにプノは富士山頂より高いところなので、私は高山病用の薬をクスコから買っていきましたよ。 ウロス島とタキレ島のツアーもホテルで申し込みました。昼飯抜きで一日ホテルまでの送迎がついて55ソル。だいたい20ドルくらい?お安いです。
私のいったツアーでは、ウロス島でご挨拶、土産買いなさい、葦でできた船にお乗りよ、でタキレ島にてご飯でした。他のツアーは島の登頂にあるレストランでブッフェならしいんだけど、私たちは地元のお家のお宅にてますを軽くあげたものとご飯という手作り風なご飯で地元民の人にお金が落ちるシステムになってて、良かったです。
ガイドさんも、島の若い女の子を明らかに口説いている様子でしたが、かれも地元の半島の人らしく、いろいろ知ってていいんじゃないかな、と思いました。

クスコでの宿
ぐわーー思い出してきたら腹が立ってきた。
いま某トラベルサイトに文句書いてきた。

ネガテイブパワー!だな。

ネガティブパワー炸裂なレビューはさておき、皆さんやはり高所に泊まるときは何よりもご飯食べたりなんたりするところに近いメイン広場の近くであるほうがいいですよ。
まあ日本の人が泊まるときは、日本人(か日系人)経営のペンション何とかとかに泊まるんだろうな。あの辺はアルマスプラザとかに近いし。私が最後に泊まった宿もその辺地方なんだけど、そこは中国系のオーナーらしく、日系宿と同じく羽毛布団を使ってました。
羽毛布団マジであったかい。
部屋寒いのに、軽いのに、ぜんぜんあったかくてほかの宿のように、コンクリの板でできているような重さの重ねがけ毛布よりぜんぜんいい。
次回は天邪鬼にならず、羽毛布団支給の日系ホテルに行きます。おとなしく。

私は天邪鬼だから日系宿にはあまり泊まらないけど....。
理由としてはそういうところに泊まる人たちから仲間はずれとかされそうでいやだから。
微妙だよね。
やっぱり在外人としているといろんなことの感覚が日本に住んでいて旅行をしている人たちと違ってしまうので、なんかそのせいでいやな思いとかしたくないんだ。
外人にやなことされるより、日本人にやなことされたほうが傷つくのよ。内輪意識がそこはかとなくあるせいで。

さておき。

今日は天気がいいなあ。
またひきこもり何もせずにネット見たり麹(また)沸かしたりしているけども。
今朝は卵4個もいれた、クスコからのチーズとほうれん草や赤いスイスチャードの菜っ葉を入れたおいしい半熟卵焼きを食べたせいで少しからだがしっかりしている。
どうもペルーにいる間ろくなものを食べられなかったせいで、体力が衰えているのもついつい眠ってしまうのに拍車がかかっているようだ。

今日はなんか強引な金持ちらしい黒人の男の人に合うかもしれなかったんだけど、あまりにも強引なので、もううんざりしてまたね。っと終止符を打ったにもかかわらず、うだうだと出て来いだの何だのうるさい。

しかとして若い半分ジャマイカンで半分ジャーマンのお母さんを持つ可愛い男の子とスケートに行く約束をした。
まあまだ日にちは決まってないんだけど。

見た目が昔々の元彼に似ていて(鹿)スイートな感じも乞うご期待だ。
ってっても大体が一回会ってお話してそうそれじゃね、見たいな感じなのだけど。

おれノンセクシャルすぎるのかしら。

そろそろヘナを洗い落とそう。


写真とビデオをアップしようとおもうのだがなかなかできず。

FBの友達よりも忠実な読者の方々よ!

昨日は重い体を引きずってユニオンスクエアに、仁神術フレンドを訪ねに行きました。
彼女は元出版社という素敵な古いビルの一室を治療室として借りていて、そこでじんしんエクスチェンジが行われたのです。

彼女は短大のときのK井さんを思わせる、とっても育ちがいいお嬢さん。(だとおもう)
今日も午前中はシェルターのスープキッチンでボランティアをしていたんだそう。

仕事しなくても生活できる人・・・・?=お嬢様 だとおもうんだけど、かわいらしい、きゃしゃな陶器のお人形さんのようなお嬢さんです。

エネルギーがきれいでセッション中も物静かでいて気持ちよかった。

彼女はゆっくり物静かに私のセッションをしていただいたんだけど、逆に彼女にする時間が短くなってしまって、ちょっとあわてたため(最後30分しかないのと無理やり50分くらいに引き伸ばした)ばたばたしてしまう。
でも、真っ白で本当に陶器のように透明な顔色(逆に言えば血色がまったくない)にセッション後にいきいきとした桜色が浮かんできたときはとてもうれしかった。

ああ、そうですともそうですとも、私は共依存症のうまれつき他人に治療とか施すのが好きな人ですよ。

お金を取ったりするのがはばかられるため商売にならないからこういうことしたくなかったんだけど、仁神術の場合はお互いに施術しあうことができるので、一方的にならずによい。
しかも彼女のようにいろんな意味できれいな人は、施術するのもされるのもとても気持ちがいいものです。

私も大概施術してくれる人が喜んでくれるのです。
カラーパンクチャーのを施術してくれる実家の近所のおばさんは、
「観音様にしているみたいよ」といってくれたことがあります。
年々、生エネルギーが弱まっているそうですが・・・。

あー、もういろんな(かわいい)ものを手放して、海辺のヒーラー生活に入って生きたいものだけど、なかなか世欲がのう。
って言っても、クイーンズの端っこで一人こもってこんなことをしているのでは、場所が違うだけではないかという気もしますが。


うむ。


ところで、去年の夏に河口湖で「乾燥さくらんぼ」として買ったものは明らかにでかいレーズンだったのですが、(うそつきな人々)それを洗って、酵母化したものにパンケーキミックスを入れてふかしてます。

もう粉がなくなっちゃったので、粉を買いに行かねば・・・・。

粉粉粉粉

別にパンがすきとか酵母がすきとか言うのではなく、




菌あそびがすき

なだけです。


菌は楽しいなあ。


*******

ににににに日本に行ったら

ここここここここいきたい

http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20130208/145661/?P=2&ST=yahoo_headlines

友麹メモ

2013年2月20日 日常
今回の友麹用の米は、一日くらい水につけて、しかも50分くらい蒸した。
ただ、忘れて火を消した蒸し器においといたから、下のほうの米がぐちゃっとしてしまって、うまくできるかちょっと心配したんだけど、友麹をはじめたら(友麹の友麹くらいの米麹で)なかなかいいかんじ。

たぶん芯まで吸水できているから、元の米麹と新しい米との区別がつかないくらい。

においもいいし。


たぶんこれくらい吸水させてから蒸すと(今度は火を消したらすぐになべから引き上げなきゃいけないけど)、麹菌は繁殖しやすいのかも。

*****

あ、また失敗

2013年2月21日 日常
酵母ぱん。
http://members3.jcom.home.ne.jp/yeast/

ネットでチェックするの忘れてた。

酵母を起こしたらその3倍くらいの量の小麦粉を使ってパンを作んなきゃいけないのよね。

またほぼパンダネのみのパンを焼いてしまい、すっぱいことすっぱいこと。
食えないじゃないか!

忘れてた。
あまりにも自己流過ぎて・・・・。

がめつい中国人の婦人科のおばちゃん先生を避けて、今度は近所にいるはずのインド人先生にセカンドオピニオンを。
テスト結果は手紙で届いているのだけど、実際の写真とかを見なくちゃいけないなあ。

まあ、もうどうせ保険が切れるから、治療は針とか出ないとサステイナブルではないけどね。

なんかいろいろありまして、今旅行に行く気力がない。
まあ一箇所で何もせずに(いろいろしているけど)、落ち着いた生活を数週間しても悪くないさ。

仕事なくなってからまだ一ヵ月半....もたっていた。
「しか」!!たってないし。

あー。
めんどくさい。

昨日のオンラインデート
(半分ジャマイカン半分白人の背の高い鹿似の35歳旅する俳優)は、彼の提案でブライアントパークにスケートをしに行った。
さいしょ「寒いけど本気?」とか言ってたのに、スピード狂気味の私は最後のほうは真ん中近くで不安定ながらもなるべくスピードを保つべく紛争していた。

俳優君はとっても礼儀正しく、高学歴なのに旅から旅への俳優行をしているらしい。背が高くて、やさしくてとってもすてきだったけど、なんとなく笑顔が心から笑っていないところがちょっと引っかかる。

でも手をつないでスケートをしていると、まるで昔からの友達/恋人のような気持ちを味わえた。
旅行者に混じってすべるスケートは、なんとなく私もペルーからの旅行をNYで続けている気持ちになりましたとさ。

また会おうねのメッセージが着たから、またお会いしたいわ。
楽しかった。久しぶりに。

前働いてた某会社しゃったー会社から株式のご案内が来た。
働いている間にもらった株のお知らせで、昔からいる会社の顧問弁護士似質問をする。
途中ちょっと切れそうになりながらも、レッサーはおしえてくれたども。

たいした量はないな。
株式に切り替えられたらさっさとうっぱらってしまえ。


ところでベリーズ、ビザのことでなんとなくめんど~~~~~な気持になっていることと、ペルー旅行が意外と体に響いたので、なんとなく行く気が少し薄れている・・・・。

会社終わったばっかのときは
「何だよてめーばっかにしやがってよ~。ざけんじゃね~よ」的なやさぐれ感爆発パワーでいく気満々だったのに。

年をとると体も気力もうすれてくるんですねごほごほ。

だから「やりたいことは若いときにやっておけ」
「やりたいことはやりたいうちにやっておけ」
というのは大変大切なんでございますよ。

ほしいものはほしいうちに手に入れておけ!
みたいな。


なんか旅行に行ったあとでつくづくおもうのは。
家が一番落ち着くわ。
ってこと。

俺んち日当たりいいしな。
一日ひがな寝そべってても誰にも文句言われないし、お料理もできるし、好きなものも食べられるし、植物君は元気だし、ミシンで布団カバーをでたらめに作れるし、みかんは山盛りあるし(昨日買ったの)。

自足しておるのお。

酵母ぱんもやり直して、今度は中身にチーズとビーツを入れてみました。
ちょっと生地食べてみたけどもうすっぱくなかったよ。

私はこういう生活がすきだなあ。

悪口を言う昔の家族の亡霊は私の頭の中でこんなじゃいけない的なことを言うけど、「このままでどうするの?!!!」と不安の呪文を唱えるけど、私はいまこれでいいからこれでいいんだ。

しかし掃除と税金の申告しなくちゃな。
wtbw.netが閉鎖されたそうです。
さっきFBで知ったんだけど。

いろいろあったな~。

じつはこのだいあり~の~とは、サイトをなかなか立ち上げたりしない私に、wtbwの主催人である土屋さんと、そのネット友人神田ぱんさんとに誘われてはじめたもんでした。

確かはじめたのは....98ねんくらいかな?まだ学生だったのか、卒業をしたのか覚えていない。

そのあと調子ぶっこいていろんな人に自分の日記を紹介してたら、なんかいやなことがあって、一度全部撤去しました。

そのあと...2003年に日本に一時帰国する前にまた再開をして今日に至るわけ。

その間、この日記は、愚痴日記(主に)になったり自助グループACOAメインの話になったり、イミグレ日記になったり、恋愛日記になったり、就職日記になったり、離職日記になったりしました。

確かはじめたころは、「普通の生活」をしている皆さんが赤裸々に自分の生活や感じたことを書いているのを読んですごく面白かったなあ。

続けていると、そのことで弊害も出てきてめんどくさくもなったけど、でも自分が書いたことをあとで読めるのは便利だったり。

ネット知人/友人は、日本語で会話できるけど、実際に職場や会社や生活環境が一緒な人とは違うので、私の中では

こちらの友達
日本の友達
ネットの友達

と3種類に分かれる気がする。

この日記を読んでいる人のほとんどには会ったことがないんだとおもうんだけど、「匿名のだれか」が「匿名のだれかという私」が書いたものを読んでいるというのはなぜか心が休まるものなのですよ。

時間は過ぎるものなのだな~。

初めてオフ会というものに誘ってくれたのも何を隠そう土屋さん/ぱんさんチームだったしね。
おかげで、いろんな人に会うことができました。

会うたびに年単位で時間がたっていることも多くて、自分の頭の中ではその人は同じ姿のままなのに、実際にあって変わってたりしてまた上書きされたり。

今ふとおもったけど、こういう日記とがSNSがなかったらわたしはNYにすみ続けてたかなあ?とおもう。
住んでいてもとても暗い子ちゃんになってたとおもう。

日記の効用は私が書いたことを他人の目で読めることだ。
恥ずかしいような熱い事を書いても、あとで、
「へ~そ~。あなたはそういうことをおもってたんだね~。」
という、平たい感じで捉えることができる。

自分というものを自意識を無くして捉えることができるので、面白いのです。

Aのくだりなんて、なんかけなげよ。

たいへんだったなあ、おまえ。おつかれさん。(肩をたたく)みたいな感じの気持ちになるんざますよ。


でも逆にそうなれないと、書き続けるのはつらいだろうね。
私の場合はゆっくりとだけど(そうでもないか?)いろいろ状況が変わるので、あんな時代はこうでした、こんな時代はああだったのね、とよい記録になるよ。

まあとにかく、強烈な個性というのは多くの人をひきつけるものです。

時にそれが重荷になったりすることもあるんじゃないかとおもうの。

でも、それはそれ、あれはあれ、これはこれだ。

今が一番大切だから、今したいことをしていけばいいんだよね。


************

ちなみに昨日焼いた酵母ぱんは、パン生地が多過ぎた(ビーツ+チーズあんに対して)ことと、塩を入れなかったのでもっさりした無味のぱんの固まりができたことを除けば、割とぱんらしい食べられるものができました。

なのでまた(今日も)パンを作ってみた。今度は塩とオリーブオイルと豆乳をいれました。
今度は薄いパン生地にして、あんをたくさん入れるぞ!

そうおもうと、パンはやっぱりなにか中身がはいってないとおいしくないね!

りんごでも煮ようかなあ?







ミルクなしチャイの思い出
豆乳が切れたので、ミルクなしチャイを飲んでみようとおもったらふとゴアのことを思い出した。

ゴアのことはあまり書いてなかったよね。
なんてったんでセンチメンタルジャーニーの極(から二番目くらい)を行くもんだし。
(極は同人物に会いに行ったドバイですかな)

ゴアはロシア人だらけで、外人ばっかいるのでどっちかって言うともうインドではない(らしい)。

昔のロシア人同僚のよると、彼女のパパは毎年3ヶ月ほどゴアに滞在するのだけどそのような人がいっぱいいた。
ロシア語の無料誌まであったぞ。
ロシアとインドというのの接点がわかんないけど(かたっぽ宗教禁止かたっぽ超なんでも宗教)両極端だからこそ見たいんだろうな。

で、ミルクなしチャイ。

私がセンチメンタルジャーニーにもかかわらず、ろくでなしのインド人にほったらかされて日々を過ごしている間、泊まっている家の前のビーチでごろごろしていたものだ。

飲み物はチャイ。
私はチャイは甘い砂糖とミルクが入っているもんだとおもってたけど、このビーチの海の家(らしいところ)では
「ミルク入れる?砂糖入れる?」 ときいてくるのだ。

え!砂糖なしのチャイなんてありうるの???とおもったけど、あったのだからあるのだ。


********っていうはなし。

やっぱり書こうかと思うと、それに関連した思い出がずるずると心の中でうずめくので、つらいことに気づく。

だめだわ。

ここでは書けない。って言うか一生書けないかも。

外に出せないおもいというのもあるのだな。

私は生まれた環境がものすごく重かったので、大きくなって表現ができる用になるとそれを何らかの形(昔は主に絵、今はこの日記・・・・ははは)で吐き出さないとパンクしてしまいそうだった。

でも、外に出せない思いもあるのだな、と感じた。

重たいけど、きっと割り切れない、言葉にしきれない感情や思い出。

きっとそういうことが大人になることなんだろう。

そういうものを大切に抱えてみんな死んでいくんだな。

若返りの秘訣というのは、常に更新していくことならしい。
肌にせよ、内臓の皮膜にせよ、人間は28日ですべて脱皮していくシステムを持っているはずなのに、それがうまくいかないことが老化につながると。
またその老化がその更新システムを狂わせるそうである。

蓄積=老化

出せない思いが蓄積すると、だんだん老化していくのかもしれない。

老化なんかどうでもいいけど、新しいものが入ってきにくいというのはつらいな、とおもう。でも「経験地」から言わせると、こういうのはこうなって、こうなっていく、とどうもシミュレーションしてしまう。

そういうのが出世とか、増収とかそういうことにつながるんだろうけど、それはすなわち老化をお金に変えるんですね!


まあお金がなくても老化はするし、それなら金に換えてやろうかとおもう気もわかるけど、収入(いまは雇用保険もらってる)のない私には、関係ないわ~。

きっと収入が増えてたころの私と正反対のことを言っているんだろうけど!

******

昨日のぱんは、深夜にりんごの甘煮を包んで形作って二次発酵・・・・とおもい、空の炊飯器内に仕込んどいた。
朝あけたら、形になっていたはずのぱんは、でろ~~~~~~~~~っととけだして、そのうえにりんごが乗っているという羽目に。

でもめげずにオーブントースターで焼いたら、それなりに食べられました。

完食可能!

ぱちぱちぱち

食べ物を粗末にしているのは私なのだろうか・・・・・。


なので今第二弾を焼いています。

写真を撮って見せてやろうではないですか!


**********

久々にサルサナイトに行ってきた。husbandをhasmanと書く (最初何いってんのかわかんなかった)Victorと一緒に踊ってきたが、なんかだんだん迫りまくる感じが気持ちが悪くなってきたのと、(首筋にキスとかしてくる、抱きついて動かない等々)私の踊りの切れが余りあわなかったので、十分踊ったあとにほかの人と踊る。

昨日はWilliamsburg salsa だかなんだかというグループだったため、客層も若く、白人多め。

びっくりしたのは、アラノンでの知り合いの男の子がいたこと。彼とは6年くらいあってないけど、本人目立つし(長髪+ハンサム+長身)、挨拶して帰り際に一緒に踊った。

彼の奥さん(元かな?)とか子供とか知っているのでなんか不思議だったけど、あまりふかいったはなしもせずに。
彼は確かアイビーリーグに行ったので、ナード系(ごめんあたしdisってる?)なのか、踊りはあまりうまくないけど、顔がかわいいので許す。

閑話休題


うむ、パンはややすっぱめだったけど、食べられるぞ。
なんかあっさりしているので(それとすっぱいので)軽く食べられてしまうなあ。

おはよう~

2013年2月25日 日常
日記よあなたが私の朝の歓談相手....。

最近結構朝から仁神術を行うジンシンギャル(おそれおおい)ならぬジンシンおばさんな私ですが、筋腫が発見されてからというものこれを見て手のつぼをぐいぐいしているのだけど、
http://www.shinkyu.com/kinsyu.html

これをし始めて気づいたのは、自分の手の感覚が鋭敏になったってこと。

仁神術の...こつか、こつは、手でポイントを抑えている/触れているときに脈を感じて、その脈の変化を感じ取ることがコツって言うか、面白いんだけど、それの感覚が鋭くなった。

毎日8時間以上もコンピューターにむかっていたころは肩、ひじ、手、背中、腰といろんなところが痛かったけど、いつでもごろごろできる今はそんなのない。
でもひじのダメージは大きかったと見えて、結構今でも痛い。

それで、

http://www.flowsforlife.com/jin-shin-jyutsu/shoulder-pain/

にでているように、肩の痛みをとるために、片手でひじ、もういっぽうで肩を抑えていると腕の滞りがきれいになるということでやってたら、ひじを触っている手の一部がほかの部分の脈とは異なって、なんか振動するみたいにじーんとなってきた。

おお、これは話に聞いた(脈のいろいろな変化も勉強するのです)、あの電波っぽい脈のことなんだ!とおののいたきのう。

ミーティングに出ながら、ひたすらジンシンをし続けて眠くなりそうになる私。

*********

しかし昨日のよるは、したの階のかたが

パーーーーーーーーーーーーーーーーってい!!!

をしていたのか、すげええ音響でヒップホップを聞いていて、家の窓ガラスが振動してたよ。さすがに11時半にはセキュリティに電話してやめてもらうようにお願いしてもらったら、12時くらいにはやんだ。

それはいんだけど、そのあと上の階でなんか大喧嘩が始まって怒鳴りあいが聞こえてきた。

しかも今朝もやってたよ....。

昔だったら怖かったんだろうけど、(実家は夜にDVが始まるので怖かった)今となっては、「なんかみんなエキサイトしているわねえ」
とおもった程度だった。

やっぱり怖い環境から離れていると、そんなにいろんなことが怖くなくなるんだなあ、(最近は外に出るのが億劫なので外に出るのが怖いのかも知れん)

***********

しかしながら今度はジンシン術日記になってきたよ。

皆さん用意はいいかい?

newjinshinjp*gmail.com というメールアドレスを作成してみました。

日本語で仁神術を説明しているところは少なそうなので。
仁神術への質問はこちらに~。

(あとで消すかもしれんがな)


明日はまた美しいジョリンとジンシンセッションだい。


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追記:
今日はやっと本格的(?)に税金の申告をしだした。
昨日ログインして、いつもの申告オンラインソフトに何も余分な経費申請をしなくても割合戻ってくんなあ...とおもっていたのだけど、そうしたら、年間の収入が去年と大幅違っちゃうことになる、とあわてて再度差し引き差し引き。

でも今年は収税のことで徴収かけられたので、結構ビビッている。

なんだろうなあ、去年までは目をぎらぎらさせて
「あれも経費これも経費たぶん経費きっと経費」みたいな感じで勘定してたのに、しかも今年はさらに経費が増えている(自宅勤務を二ヶ月したから)にもかかわらず、
「え~経費~ふ~ん、なんかそうなの~?え~わっかんな~い。」
という心境になっている
(収入ないのに)

働いていないということがこんなに充足感を生み出してしまうのだね。

私ってお金よりも時間な人なのかしら~?
(いやそんなことはない。モノはすきだモノは)

思うに、物質的に貧しい国で育った国民は物に執着するとおもうのよね。
インド人にせよ日本人にせよ。

.......たったって、ヨーロッパの人も物に執着するよねえ。
ものって言うか、場所?とか?もっと重たいものかなあ。

アジア人は小物に(可愛いものを持つとか買うとか)執着する気がしてならない。

あたしも小物すきだもん。
ちなみに旅行の写真を少しアップしました。さかのぼってみてみて。

あーもう少しだ。あーもう少しで経費計算が終わる。

しかしカードの明細をチェックして気づいたけど、私500ドルも現金寄付してた。
太っ腹~~~。
しかもそれをすっかり記憶から無くしているなんて。

太っ腹だわ~。

それと、明細を見て気づいたのは、明細の内容がほぼ80%食い物だったってこと(回数的に見てね)残り10%は服とかモノ。価格的に見て旅行の値段がやたら多いけどな。

だって日本に2回、メキシコ一回、ドミニカ共和国一回だもんよ。4回かよ。


年に四回の海外旅行.....って....。

ほとんどやけになって行ってましたね。会社いくのがやで。
なるべくそれに気づかないように。だってお金は上がってくんだもん。

やれやれ。

しかしこんどはなにすんべーかな。

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