ひさしぶり
2017年になりましたね。
今日は1日ウチにいて、昨日から作っといたお雑煮を1日だらだらと食べ、夜にはぜんざいもできたので、それをちょっと食べたり。
スマップ、解散しちゃいましたね。
youtube でスマスマの最後を見て、それまであまり興味なかったんだけど、やっぱ泣けたわ。スマスマって、わたしがNYに移った後に始まってたから、わたしはあまりスマップとか男闘呼組とか、なんかみんな一緒くたに思ってて、気になったことはなかったんだけど。96年前にもすでにまあキムタクは美しくセクシーだったけど。でも彼、整形したね。あのすごい人気が出る前に。おかげでそのあとはyoutue でスマスマとか見たり、ネットで記事みたり、ラジオの録音アップされてるの聞いたり。
厳しい世界だよなあ、と思う。し、もうすでにテレビでみんな一斉に何かを見るということがどんどん減少している世の中、アイドルとかタレント、とかテレビ番組、とかそういうトラディショナルなカタチでお金をあつめることが難しくなっているんだと思う。昔は娯楽が少なかったから?昔の方が貧乏だった気がするけど、より大きなお金が一箇所に集中したのかな・・・
今ではネット配信の会社Netflixやアマゾンがドラマ制作しているし、制作をするってことは投資だから、そういうことに投資をする人はいるけど、どんどん消えていく可能性のある一部地域限定のコンテンツ(日本語のコンテンツはもうそういう運命を辿っているし)に投資はしないよね。見返り額が減るから。そうなればそうなる程、投資は日本国外に流れるし。
わたしも一時期メディアの会社にいたから目の当たりにしてきたけど、圧倒的に英語ベースコンテンツと比べると、消費する人口量が違うじゃない。日本は民官あげてが積極的に少子化を進めてきたせいで、(としか思えん、未だに保育所ないとかいうお母さんがいっぱいいる状況、しかも、長時間勤務、しかも一旦「就職」退いたら、バイト代くらいの給料とか)これからもどんどん子供は減るし、どんどんお金の流れも減る。
長時間勤務や低賃金はどんどんはびこり、美徳であった我慢とか忍耐とか努力は一部の私欲を肥やす経営者に上手に利用されて、彼らは所得税の少ない(ないんだっけ?)のシンガポールとか、に移住していくのよ。
日本がインドみたいに貧富の激しい国になりそうなことが懸念だ・・・。ていうか自分がうまく逃げ出せていれば(年齢的に)心配はないけど、俺たち、まだしばらく続くもんね・・・・。
個人的なことで言えば、去年の誕生日直前に知らされた、ロンが鼻腔癌と診断されたことや、顔が変わるくらいに腫れてきたこと、そして、手術。
ロンはもう、16歳半くらいだから、全身麻酔の手術は危険が伴うけど、もう食事もあまりとらなくなってしまい、息をするのも苦しそうだという。
一気に突然伝えられたので、消化するのも理解するのも辛かった。
わたしは、生きている父と最後に会うことになったのが、結果的に自分の誕生日の前日になってしまったから、その後は毎年自分の誕生日前になると憂鬱になっていた。
それに加えて、ロンの死も重なるのかと思うと・・・
辛かった。
でもロンは一生懸命持ちこたえてくれて、なんとかクリスマス前まで頑張ってくれてた。
わたしが母のロンの具合が悪いという携帯メールに答えて姉宅に電話したら、もう、ロンは息を引き取っていた。
しばらくは何も言えず、翌日は会社を休んでとにかく泣いた。
でもわたしにはどうすることもできないことだから。受け入れるしかできないことだから。
その後のクリスマス休暇の間、昼間ウトウトしていたら、夢うつつでロンと父が再開するビジョンを見た。
ロンは父の死後、しばらく父に背格好が似た初老の男性を見ると、一目散に駆けていく、ということをしてた。今度はやっと、父のもとに嬉しそうに駆けつけていった。二人は子供のようにたのしそうにはしゃいでいた。
父も、ロンも、もう苦しそうではなかった。
わたしは、まだ父が生きてた頃、時々私とロンの散歩にあとからついてきた父と遊ぶロンを見るような気持ちで、二人を少し距離の空いたところから見ている。
ロンの素直さや気の強さや、可愛さや愛らしさは、父が大事に育ててきたからで、ロンの存在が、父の素晴らしいところを象徴していた。
わたしの中で、静かにその二人が一つになるということが起きた時、悲しさが重さを失った。
仕事のゴタゴタのことで、九月の一ヶ月間休んだおかげで、8月から何か理由はわからないけどどうしても日本に帰りたいと思ったことが実現した。ロンもすごく体調が良くて、まるで私たちお互いがこれが最後と知っているみたいに、2時間以上もロンの行きたいところを毎日歩いた。本当に嬉しかった。
わたしはもう数年前から、帰るたびにこれが最後かもしれないと思っていたので、一分でも長く、ロンのしたいことを一緒にできたら・・・。そしてわたしにはそれしかできないことをわかっていたから。
未来のことがわからない、愚かな人間の私たちは、自分のinstinctにちゃんと耳を傾けて、行動を決めなきゃいけない。
怖さばかりが先立って、したいことを後延ばしにしても、もしかしたらその時は遅すぎるかもしれない。
そんなことを思った年末だった。
これからは、わたしはわたしの内なる声にもっと耳を傾けて、外野の雑音のボリュームを下げて、歩かなきゃ。
2016 年の大晦日は、事前に予約しといたヨガセンターでのパーティ。よくわからないままチケット買って、よくわからないまま参加をした。ベジタリアンの食事の後チャンティングは疲れたので、上の部屋で一人ヨガをしたりストレッチをしていたらいつの間にか眠ってしまった。目が覚めたら、みんなの声とリズムで床が揺れてて、いい感じになってた。その後メディテーショナルダンスがあって、サトサンガがあって、新年は瞑想をしている間にやってきた。
そこで知り合った人たちは年季の入ったヒッピーなお年寄りや、ゲイの若い男の子たち。アルコールの入らないダンスは楽しい。
今年もまた、いろいろなことがわたしに対して挑戦してくる。
仕事のことや、家族のことや、お金のことや、自分のことや・・・ああ、アメリカは恐ろしい人が大統領になったし・・・
でも、自分が自分に問いて出てきた答えを信用していこうと思う。
それが何かはわからないし、困ったことや不安なことは常につきまとうけど。
だってそれ以外にないもんね。
So, I really wish you will have a wonderful new year despite of all problems we have.
Be well.
Lots of love.
2017年になりましたね。
今日は1日ウチにいて、昨日から作っといたお雑煮を1日だらだらと食べ、夜にはぜんざいもできたので、それをちょっと食べたり。
スマップ、解散しちゃいましたね。
youtube でスマスマの最後を見て、それまであまり興味なかったんだけど、やっぱ泣けたわ。スマスマって、わたしがNYに移った後に始まってたから、わたしはあまりスマップとか男闘呼組とか、なんかみんな一緒くたに思ってて、気になったことはなかったんだけど。96年前にもすでにまあキムタクは美しくセクシーだったけど。でも彼、整形したね。あのすごい人気が出る前に。おかげでそのあとはyoutue でスマスマとか見たり、ネットで記事みたり、ラジオの録音アップされてるの聞いたり。
厳しい世界だよなあ、と思う。し、もうすでにテレビでみんな一斉に何かを見るということがどんどん減少している世の中、アイドルとかタレント、とかテレビ番組、とかそういうトラディショナルなカタチでお金をあつめることが難しくなっているんだと思う。昔は娯楽が少なかったから?昔の方が貧乏だった気がするけど、より大きなお金が一箇所に集中したのかな・・・
今ではネット配信の会社Netflixやアマゾンがドラマ制作しているし、制作をするってことは投資だから、そういうことに投資をする人はいるけど、どんどん消えていく可能性のある一部地域限定のコンテンツ(日本語のコンテンツはもうそういう運命を辿っているし)に投資はしないよね。見返り額が減るから。そうなればそうなる程、投資は日本国外に流れるし。
わたしも一時期メディアの会社にいたから目の当たりにしてきたけど、圧倒的に英語ベースコンテンツと比べると、消費する人口量が違うじゃない。日本は民官あげてが積極的に少子化を進めてきたせいで、(としか思えん、未だに保育所ないとかいうお母さんがいっぱいいる状況、しかも、長時間勤務、しかも一旦「就職」退いたら、バイト代くらいの給料とか)これからもどんどん子供は減るし、どんどんお金の流れも減る。
長時間勤務や低賃金はどんどんはびこり、美徳であった我慢とか忍耐とか努力は一部の私欲を肥やす経営者に上手に利用されて、彼らは所得税の少ない(ないんだっけ?)のシンガポールとか、に移住していくのよ。
日本がインドみたいに貧富の激しい国になりそうなことが懸念だ・・・。ていうか自分がうまく逃げ出せていれば(年齢的に)心配はないけど、俺たち、まだしばらく続くもんね・・・・。
個人的なことで言えば、去年の誕生日直前に知らされた、ロンが鼻腔癌と診断されたことや、顔が変わるくらいに腫れてきたこと、そして、手術。
ロンはもう、16歳半くらいだから、全身麻酔の手術は危険が伴うけど、もう食事もあまりとらなくなってしまい、息をするのも苦しそうだという。
一気に突然伝えられたので、消化するのも理解するのも辛かった。
わたしは、生きている父と最後に会うことになったのが、結果的に自分の誕生日の前日になってしまったから、その後は毎年自分の誕生日前になると憂鬱になっていた。
それに加えて、ロンの死も重なるのかと思うと・・・
辛かった。
でもロンは一生懸命持ちこたえてくれて、なんとかクリスマス前まで頑張ってくれてた。
わたしが母のロンの具合が悪いという携帯メールに答えて姉宅に電話したら、もう、ロンは息を引き取っていた。
しばらくは何も言えず、翌日は会社を休んでとにかく泣いた。
でもわたしにはどうすることもできないことだから。受け入れるしかできないことだから。
その後のクリスマス休暇の間、昼間ウトウトしていたら、夢うつつでロンと父が再開するビジョンを見た。
ロンは父の死後、しばらく父に背格好が似た初老の男性を見ると、一目散に駆けていく、ということをしてた。今度はやっと、父のもとに嬉しそうに駆けつけていった。二人は子供のようにたのしそうにはしゃいでいた。
父も、ロンも、もう苦しそうではなかった。
わたしは、まだ父が生きてた頃、時々私とロンの散歩にあとからついてきた父と遊ぶロンを見るような気持ちで、二人を少し距離の空いたところから見ている。
ロンの素直さや気の強さや、可愛さや愛らしさは、父が大事に育ててきたからで、ロンの存在が、父の素晴らしいところを象徴していた。
わたしの中で、静かにその二人が一つになるということが起きた時、悲しさが重さを失った。
仕事のゴタゴタのことで、九月の一ヶ月間休んだおかげで、8月から何か理由はわからないけどどうしても日本に帰りたいと思ったことが実現した。ロンもすごく体調が良くて、まるで私たちお互いがこれが最後と知っているみたいに、2時間以上もロンの行きたいところを毎日歩いた。本当に嬉しかった。
わたしはもう数年前から、帰るたびにこれが最後かもしれないと思っていたので、一分でも長く、ロンのしたいことを一緒にできたら・・・。そしてわたしにはそれしかできないことをわかっていたから。
未来のことがわからない、愚かな人間の私たちは、自分のinstinctにちゃんと耳を傾けて、行動を決めなきゃいけない。
怖さばかりが先立って、したいことを後延ばしにしても、もしかしたらその時は遅すぎるかもしれない。
そんなことを思った年末だった。
これからは、わたしはわたしの内なる声にもっと耳を傾けて、外野の雑音のボリュームを下げて、歩かなきゃ。
2016 年の大晦日は、事前に予約しといたヨガセンターでのパーティ。よくわからないままチケット買って、よくわからないまま参加をした。ベジタリアンの食事の後チャンティングは疲れたので、上の部屋で一人ヨガをしたりストレッチをしていたらいつの間にか眠ってしまった。目が覚めたら、みんなの声とリズムで床が揺れてて、いい感じになってた。その後メディテーショナルダンスがあって、サトサンガがあって、新年は瞑想をしている間にやってきた。
そこで知り合った人たちは年季の入ったヒッピーなお年寄りや、ゲイの若い男の子たち。アルコールの入らないダンスは楽しい。
今年もまた、いろいろなことがわたしに対して挑戦してくる。
仕事のことや、家族のことや、お金のことや、自分のことや・・・ああ、アメリカは恐ろしい人が大統領になったし・・・
でも、自分が自分に問いて出てきた答えを信用していこうと思う。
それが何かはわからないし、困ったことや不安なことは常につきまとうけど。
だってそれ以外にないもんね。
So, I really wish you will have a wonderful new year despite of all problems we have.
Be well.
Lots of love.
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