いってきました。

2011年12月30日 日常
Nobu Next Door に。
なんか懐かしかった気もするけど、そんなにセンチメンタルにはならなかった。

行きがけに、Aにダークグレーのカシミアのマフラーを買ってあげた。(そして私には紅色の)おそろいではないけど、深紅色のカシミアのマフラー探してたら、メンズのところにあったので一緒に買った。

ほぼ同時に来たAは今でも私が二人ですごした最初のクリスマスにあげたグレーのマフラーをもってて、(私が赤でちいちゃく a と刺繍してあげた) あげたときに手袋とかすぐになくしちゃうんだ、といってたんだけど、ずっと7年愛用してくれてた。

って、帰りに地下鉄待っているとき、計算したら7年前だった。
7年か~。
恋愛関係にあったのは最初の3年未満くらいだったけど、今では大事な人だ。

あげるときに、「まだ持ってたんだね」って言ったら、「でも毛玉だらけになった」というので、はい、とセンチュリーの袋に入ったままあげたら、もしかしたらスカーフ?というので、そう、といったら、うれしそうにしてた。

帰りがけには、古いのと新しいのを二つタグがついたまま首に巻いてかえったので、別れ際にとってあげたんだけど。

この人のことは一生好きだなあと思った。

どっからでてきたのかわからないような愛着が体の内側からあふれ出すようで、びっくりする。(毎回)
でも、それは性的なものではなく、なんだろ。やっぱり子供とかが親を大好き!っておもう気持ちだと思う。

なんか、内臓からすきって言うの?

自分の中の何かがぐわ~~~~~って出て来てすごく好きになる。

朝目が覚めて、いややっぱり子供とかつくろうよ!とかテキストしようとしたけど、多分この好きな気持ちは、自分がそのなかに入ってしまうとコントロールできない状態になって、泣いたり怒ったりすごいことになる。そしていつも疲れているので、泣いたり怒ったり笑ったりしている以外は横になる、という廃人生活になってしまうのだ。

そして、傍にいられないしねどっちにせよ。

自分のことが出来なくて、自己評価が下がっていくし。

でもな、すごくすきなのにな。

きっとAはおとなしい、ちょっと変わったかんじの女の子と付き合ったはずが、見る見る間に泣いたり怒ったり感情の触れでがたがたになって行く私を見てこわかったんじゃないかなあ。

私はしまいにはとても疲れて、死にたくなってた。

あれを何とか切り抜けられれば、違う世界が広がってたかもしれないけど。お互いに。

まあ、そうならなかったからそうなのだ。

今さっき、Aにメールをおくってみた。
「もしかしたら、一緒に養子を迎えて育てよう!それか来世でね。」

と付け加えてみた。

たぶんAは他の人と結婚しても、親類縁者関係を絶たないでいてくれると思う。
会うことはほとんどないと思うけど。
(めったに会わないから親類縁者ね)


この人と一緒に暮らしてたんだと思うと本当に不思議だ。
生きる世界が違いすぎるし、望む方向がとても違う。

でも私の望むほうこうってなんだろうな。
インドみたいに結婚して子供を作って!というのもやだったしな。

まあいいや。

神様に感謝。

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