今を大切にしなくてはいけない
2011年11月16日 日常昨日の夜は「今年後半で一番ラッキーな日!」だったにもかかわらず、さっさとかえって、ラッキーだから洗濯....とおもいつつもテレビ見てカラパンしながらねた。
カラパンのサイコーよろしーつぼを右首横に見つけて、脳天から鼻からのどまでずっきーんと遠くに行っていた。
(すんごいいってそうな文章・・・単純につぼ療法なのだが)
そのおかげで、とても鮮明な夢を見た。なぜか会社の仲が特によくない半ブラジル半ジューイッシュの女の子と仲良くし、その後に日本の道だか電車だか(電車に乗ってたらいつの間にか道を歩いてた)で雪道を陽子ちゃんと一緒にいた。
ずーっとはなしながらきれいな陽子ちゃんと一緒にいて、目覚めたくない夢だった。
そういえば陽子ちゃんと最後にあったのは川崎のアパートで、最初の息子がうまれてて、かわいかった。赤ちゃん用の椅子に乗って、はりきり坊主だからいっつも乗り出してぎっこぎっこと椅子をこぎながらだんだん後ろに行っちゃって、気がつくと見えないところまで移動しているのよ~。で見えなくなるとわ~って泣くの~。おばかちゃんなのよねえ~とかわいがっていた。
でもタバコがやめられなくってさ、とぷかーっとタバコをすっていたのだ。
丙午の陽子ちゃんは今年で45歳だ。なに座だったんだっけ?
わすれたな。おとめ座だったかな。
その後に日本に帰ったら、もう引っ越していて、実家にメッセージや年賀状を送っても音沙汰がなかった。きっともう、忘れちゃったんだろうな。
私は陽子ちゃんのこと大好きだった。
xxxはやっぱり末っ子だね、とかいってたような気がする。わたしがNYに行ったのはびっくりしたんだって。xxxは実家から出たい出たいっていって一人暮らししないんだと思った、といってた。
姉の病気のこととか父のこととか、まだあまり話してない頃だったから。
っていうか、自分でもよくわかってなかったし。
私がストーリーに長いこと固執するのは、自分のストーリーがよくわかってなかったからだ。自分のストーリーを発見するのにしたがって、その内容は変わっていく。自分で「変える」のではなく「変わる」のだ。
「変える」のは自分の意思に頼っているということ。自我のコントロール化にあるということは自分をこえる力に頼れていないということ。
という話をしたかったのではなく、懐かしい大好きな人と夢の中で時間を過ごせたということがとてもうれしかったのだ。
・・・今の人間関係を見てみるとそんなに甘美なものはないなあ。
でもきっとあの時だってそんなに甘美ではなかったんだろう。
でもそういうふんわりした甘い記憶が残る。
この週末は結構きつかった。
たくさん泣いて。泣いて泣いて。
満月に潮が満ちるので人間の体の中の水も満ちていくのだ。満ちてあふれて悲しみを洗い流してくれる。
カラパンのサイコーよろしーつぼを右首横に見つけて、脳天から鼻からのどまでずっきーんと遠くに行っていた。
(すんごいいってそうな文章・・・単純につぼ療法なのだが)
そのおかげで、とても鮮明な夢を見た。なぜか会社の仲が特によくない半ブラジル半ジューイッシュの女の子と仲良くし、その後に日本の道だか電車だか(電車に乗ってたらいつの間にか道を歩いてた)で雪道を陽子ちゃんと一緒にいた。
ずーっとはなしながらきれいな陽子ちゃんと一緒にいて、目覚めたくない夢だった。
そういえば陽子ちゃんと最後にあったのは川崎のアパートで、最初の息子がうまれてて、かわいかった。赤ちゃん用の椅子に乗って、はりきり坊主だからいっつも乗り出してぎっこぎっこと椅子をこぎながらだんだん後ろに行っちゃって、気がつくと見えないところまで移動しているのよ~。で見えなくなるとわ~って泣くの~。おばかちゃんなのよねえ~とかわいがっていた。
でもタバコがやめられなくってさ、とぷかーっとタバコをすっていたのだ。
丙午の陽子ちゃんは今年で45歳だ。なに座だったんだっけ?
わすれたな。おとめ座だったかな。
その後に日本に帰ったら、もう引っ越していて、実家にメッセージや年賀状を送っても音沙汰がなかった。きっともう、忘れちゃったんだろうな。
私は陽子ちゃんのこと大好きだった。
xxxはやっぱり末っ子だね、とかいってたような気がする。わたしがNYに行ったのはびっくりしたんだって。xxxは実家から出たい出たいっていって一人暮らししないんだと思った、といってた。
姉の病気のこととか父のこととか、まだあまり話してない頃だったから。
っていうか、自分でもよくわかってなかったし。
私がストーリーに長いこと固執するのは、自分のストーリーがよくわかってなかったからだ。自分のストーリーを発見するのにしたがって、その内容は変わっていく。自分で「変える」のではなく「変わる」のだ。
「変える」のは自分の意思に頼っているということ。自我のコントロール化にあるということは自分をこえる力に頼れていないということ。
という話をしたかったのではなく、懐かしい大好きな人と夢の中で時間を過ごせたということがとてもうれしかったのだ。
・・・今の人間関係を見てみるとそんなに甘美なものはないなあ。
でもきっとあの時だってそんなに甘美ではなかったんだろう。
でもそういうふんわりした甘い記憶が残る。
この週末は結構きつかった。
たくさん泣いて。泣いて泣いて。
満月に潮が満ちるので人間の体の中の水も満ちていくのだ。満ちてあふれて悲しみを洗い流してくれる。
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