苦渋と苦悩に満ち満ちた日記を数年間書き綴ったあとにそのねたがなくなると何も書くものがなくなってしまった。

やや放心状態。

飯はうまいし姉ちゃんもきれいだから、特に文句もない。

金がないかなー。家を買いたいなーなんて無責任なことを思っても、後5年後自分がどこにいるかなんかわかんないし。
GC取れたとたんに、
「メキシコすみてーな」

とか言うわけわかんなさ。
ありですか!!!

自分のいい加減さにややあきれた感もありますが、
今朝父の納骨という夢を見て、病気の姉に付き添っているという状態のあと目覚めて、一瞬自分が姉の隣の部屋に住んでたときと錯覚してしまった。

ふと私は姉の精神的双生児状態だったのかもと思ってしまったり。
子供のころ1番上の姉に頼っていた2番目の姉は、いまだに1番上の姉が病気でいろいろ頼れないということを受け入れ切れてないみたい。

たぶん、それだけ大事な存在だったんだろうと思う。

こっくりさんをしながら姉の悩みを聞いていた私は、高校の進路に悩む姉に、知っている唯一の高校の名前を答えとして書いたら、そのまま姉はその高校に行ってしまった。

そのことは今だに彼女にはいってない。
そして私は彼女の将来は、女優になると書いたのだった。26歳で女優になる。その年齢で彼女は今の病気に診断が下った。

そんな秘密に脅かされるのは子供の強迫神経症だ。そしてそれを私と彼女は共有していた。

あれ、私が勝手に書いたんだけど。
だって退屈だったんだよこっくりさん。
こっくりさんがおりるまでいつまででも私をつき合わせたじゃないか・・
アテンションがほしかったから付き合ったけど、わたしは最高に退屈してたからかってに適当なことかいたんだよ。

それを本気にして進路決めるなんてなんて幼稚な回路してたんだ?

というかもうその時点で予兆があったのかもしれないけどね。


そんなことは私の責任ではなかったのに、ずっと抱えてきてしまった。
それ自体が病よね。

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