だそうです。


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8月16日 川の洗れに身をゆだねて

 川の流れに逆らって生きていませんか。川は、下に流れるものです。川の水と一緒に流れていきましょう。ときどき、岩やつき出ている木や、ゴミににひっかかったりしますが、そんなときは力を出して取り払ったり、そっと岩に手をつけて身を離します。早く流れるときと、ゆっくり流れるときとがあります。急がなくても、いつかは皆、海に流れ出ます。

 流れに逆らって上の方に行こうと思うと、疲れ果てて、ヘトヘトになってしまいます。どんなに力を入れて泳いでも、最終的にはうち負かされて流されてしまいます。力果てて流されると、川の流れをエンジョイすることも、ところどころ自分の好きな場所で休んだり、泳いだりすることもできません。

 自分の流れている川がどんな川か、まわりを見てみましょう。ドブ川だったら流れる川を変えましょう。あまりにも冷たかったら流れる川を変えましょう。あまりにも岩や石ころだらけだったり、流れが早すぎたりしたら、流れる川を変えましょう。



しかし流れる川を変えるのは容易なことではないですよね。
それはどうやって帰るのかなあ?やっぱ岸に上がって他の川を探すのだろうか・・・ひとつの川しか知らない場合はどうするんだろう・・・と思ってしまった。
私は結構は川変えていると思うんだけど。
でも日本語でも河岸を変えるって言うよね。

昨日は姉の誕生日で父の半年記念日。
姉のメールでは、長かったと書いてあった。

そうか長かったか。
そういわれてみれば長かった気もする。

3年位立っている気もする。そのくらい自分には変化があったような気がする。
なんか今朝ぼんやり死んだおばのこと考えてて、その半年前に死んでしまったおじの法要後にいとこと一緒におじおばのうちにいって、まだ遺骨があったところで着替えてて、なみだが噴出して(ほんとにそんな感じ)のことを思い出しててその後いとこのうちでお風呂に入ってて、いとこはフルタイムで仕事しているから、そうだよくそうとかあらっておいてあげようかなと思ったりしたけどしなくって、でもきっとパパなら張り切ってよくそう磨いたりしちゃうんだろうなあ、人の手が行き届かないところはよくパパはがんばって何かしてあげようと思ってたな、私の昔のアパートでも、床磨き粉を買ってきて、ペイントのしみを取ろうとして木肌を露出させてしまったり、お風呂場の浴槽のしみがよく落ちる洗剤を勘で買ってきてほんとにそれが良くて、なんかそんなことしてたな、と思った。

ら、泣けてきてしまった。

Aに思っている思慕はパパに帰属するものだ。元々は。
私にはパパの悪いところばかりが見えてしまってその影にパパの優しさを見つけることは難しかった。私のパパへの期待が高くて、どうしてもいいところを見つけることが難しかった。そんなとこもAへの気持ちとダブっている。

Aはもう思い出として整理して他の彼氏達の眠る場所にしまっておくべきだ。やっとやっと思い出へ姿を変えて。
本当は父によくなってほしかった
他の人にちゃんと接してほしかった
私にもちゃんと接してほしかった
自分のこともちゃんと誇りを持って、自分の失敗ばかり責めずに、自分のがんばったことを心のそこから評価してほしかった。
パパは小さなことを気にして自分が愛されていることを信じてなかった気がしてたみたいだけど、でも本当は4人のパパのことを好きな私達に囲まれて幸せだったんだ。

そばにいることはできなかったけど、私だって十分、思い出をもらえた。

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