いやー・・・またことしも、二年間違う年だったのではないか?と思うほど前半と後半ではばっきり分かれた年だったな。

こんなに色々とある年を続けていると、なんだか今後どうなるのかまったく展開が見えないって事が面白くなってきた。

なんかさー、一年前に大事件だ!っと思ってた事が一年後にはいやいや、そんなことって実はたいしたことじゃなくってさ、問題はぜんぜん違うところにあるんだよねー、見たいな物の見方をしている自分になってたりする。

とはいえ、変化はそれなりにストレスだし、でも人生生きていれば物事は起きていく。人生はへんてこりんで、すべては必ず変わり、人々は変わり、恋も必ず終わる。

プログラムにかかわるようになってから、本当に人生の見方が変わるようなことって、毎日いろんな人におこっているんだ!ということを実際に体験している人から沢山聞くことがあって、そういう話を聞くたびに、自分の今の状態を見直すチャンスがある。

今年は、自分でも色々と手放さなくてはならないものが沢山あったけど、結果的には沢山のものを得た、という感覚がとても強い。

昨日のミーティングで、都市の分かれ目ということで大晦日と元旦ががっきりわかれたりする気がするけど、(特に日本では借金は持ち越さないとか言うしさ)でもただの明日なわけだよね、という話が出て、そうか!と思った。

私は子供のころみんなが夜中に年越しそばを食べるのを待てなくて寝てしまって、なんかみんなで特別楽しいことをしているのにわたしは!ねむってしまう!見たいに思いながら眠ってしまってた瞬間を覚えているのだけど、大きくなって夜中まで起きてて年越しそばを食べても、別に特別にうまくもなく、ただそばの味がするたびに、あの私の想像の中のものすごく楽しくおいしい年越しそばは、なんだったんだろう・・・と毎回思ってたけど。

でも一度、まだ鹿と付き合ってたころ、レーナが遊びに来て、三人でタイムズスクエアのTV見ながら年越しそばを食べたのはうまかった。

もう二人とも私のそばにはいない人になってしまったけど、あの時ちょっと「私の選んだ家族と食べる年越しそばのうまさ」という感じになった気がする。

今年は静かに私と年越しを迎えるけど、なぜか今年は一人でいるという気がしない。私という、心強い友達がそばにいる気がする。

これが一番これまでに得たもので、よかったものかもしれない。

あっ昨日はロシアンバスで汗流したし、インド舞踊行った後にミーティングいったし、その後フェローシップもしたし、ロシアンバスで黒砂糖スクラブを出来たし、(デリで黒砂糖かって持ち込んだ)色々してすっきりなのです。

お家を片付けなきゃ!

その後暇ならミーティング行くか、マッサージでも受けに行こうかなー!

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