ぐぐぐぐぐ

2005年4月28日 音楽
最近のセラピーはあとに余波が強くって,しんどい。でも最近気づいたことは,私の家族の問題は私のせいじゃなかったんだってことをやっとほんとにいろんな方法で自分が理解してき始めたってこと。

私はずっと自分の家族の問題は自分が生まれてきて,生きてきてしまったからだと心の奥底で真剣に思ってたってことがばれた。だから基本的にはぎりぎりややプラス−>マイナスで鬱ー>そこまで沈んでぎりぎりで浮上ということをしてきたんだなあと思った。 だから自分がしなければならない,と思うことはなんとか乗りこなしてきたけど,自分がしたいと思うことまではエネルギーが届かない。なぜなら基本的に大きな鬱が私のエネルギーを吸い込んでしまうからだ。

この家族との過去と自分の関係を、じぶん、と家族&過去という風に分けて考えないとこのままではだめになってしまう。とやっと思えるようになった。昔は自分が家族の問題の元だ,とどういう訳だかわからないが,そう思ってたから。というか、それだけ子供の自分のニーズがネグレクトされた状態で育ってきたからなんだけどさ。それも自分のせいだと思ってたからさ。

まあ,まだまだ続くんだけど。
でもハーレムでの編集があってよかった。楽しいし、私のやることをとても評価してもらえる。ありがたい。帰りがけに思ったんだけど,自分の人生でやりたいことをするのって、お金という報酬がもらえるからするのではなくて、自分がやりたいからする,という簡単な方式で生きていけば世の中はとても生きていきやすいかもしれない、あるいは幸福を感じやすいかもしれない。
お金がなくてもやりたいことをやる人はこんなにいるんだ,と彼らの中にいるととても実感できる。がんばろう。自分のやりたいことにベクトルが向くと,こんなにもその「やること」が楽しい。簡単なことなのに,フォーカスが外れやすいんだな私って。

でもア宅についたらセラピーの余波がどっと押し寄せてきて植物状態になった。なんか、いやがるんだよね、アは私が彼にアテンションできないと。私っていつもこういう男とつきあうなあ,とぐったりしているのにつつかれたりくすぐられたりしながら思った。反応するのすらつらいんだけど。
でも言葉にするのもつらいので,ただ黙って時々反応していた。

john trudellのギグは,そーかー,という感じ。以外と,え???なんか言っていることはちょっと60年代くらいのロッカーみたいだなっていうか、、、。以外とロマンチストというか、陳腐なのね,という感想になってしまった。よく言えば詩的,悪くいえば安っぽいかな。

Q&Aのほうがかっこ良かったよ。ちょいとがっかり。
でもほとんど目を開けていることができなかった。眠ってた訳じゃなく,なんだかわかんないけど目が開かなかった。神経が疲れていたのかな。

そのあとの飲み屋で、アの昔の知り合いのルームメイトの女の子が帰国子女の日本人で、すごいかわいいんだけど,そのかわいい顔でアのことをじっと見つめながら話すし、アも調子に乗っていたので、ちょっと焦った。どどどどういうことこのアスホール、とおもってたら、彼女が別れ際のハグの際に、「good seeing to you, sir」とアに言った。「サーって言ったよ,俺に、、、」とアは動揺を隠せなく,どういうことだろ、サーって,,,。としきりに言うので、「きっと彼女はあんたのことお父さんぐらいの年齢だと思ったんだよ」と言ったら、一緒にいたクリスが異様に受けてた。

まーったく、わたしみたいな若い女とつきあっているからってつけあがるんじゃないって言うの。彼女がアをじっと見ながら親しげに話してたのは、アが一番の安全パイだったからなんじゃん、と思った。まあ、真相は知らないけど、彼女も相当のビッチなのかもね。まあ、知らないけどさ。

でも帰ってからアの機嫌が悪く、鏡に映った二人を見て私が「あんた背が小さいね」と言ったら「最近ずいぶん自信満々だな」というから「なんで?」と聞いたら「すぐに僕のことを侮辱する」というので「どんな風にするの?」と聞いたら「気づいてないんならいい」という。だから「あんたは自分が侮辱されたことにはずいぶん敏感だけど、逆のことは全然無神経だよね」といっといた。
しばらくしてから、「彼女にサーって言われたことがそんなに傷ついた訳?」と聞くと「かのじょがぼくのことをどう思ってたかなんて関係ない」なんて言うので、じゃあ何よ、と聞くと「背が小さいって言った」とかってごまかすので、「あんただって私のこと背が高いって言うじゃん」と言ったら「背が高いってことはいいことだ」とごまかしてた。

まーったく、男ってみんな scumbagよね。

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