感情の起伏
2004年10月12日というのはなかなかなじめないものだ。
ACOA(アダルトチルドレンオブアルコホリック)の問題として、感情を押さえ込んでしまいすぎるために感じることが難しい、あるいは感じないようにするためにアルコールや薬物に逃げ込みやすい、というのがあるのだが、最近私が味わっているのは、感情があまりに揺れるのが苦痛で仕方がない、という状態だ。
以前はなかなか感情が感じられない、というのがあって、あまり自分がどう感じているのかよくわからない、という状態だった。おかげでいろいろなことの決定は簡単だったと思う。感情に振り回されない自分は、冷静に物事の利点と不利な点を上げて、理論的に(じぶんでは)選択ができたのだ。
ただインドカレーのことがあって、自分の許容範囲をこえた量の感情に襲われる、という経験をしてから、前のように感情に振り回されない冷静な判断というのが難しくなった。大きな原因は感情を排除した選択の結果が完全に良かった、と思えるのにもかかわらず、自分の心の中ではいつも「でもあの時もし?」と思うことがなかなかやめられない、という自分の中の現実がある、ということだと思う。
ACODは「直す」ことはできなくとも「回復」に近づくことはできる、という。 ACOD という状態は考え方のパターンであり、毎日働きかけることが大切だという。
二年以上に渡るカウンセリングと自助グループのおかげでずいぶん良く分からなかった感情がなんだか少し分かるようになったのだが、しかし怒濤の感情が度どっと押し寄せると、ただ単に不快であるということ以外良く分からない。多くの人が同じような経験をしていると思うのだが。
不快である、としか認識しない状態の自分になっているということはほとんど赤ん坊のような状態になっているのと同じで、行動も言動も赤ん坊っぽくなってしまう。終いに一緒にいる相手をまきこんで、相手が未熟だと切れられるし、そこまで未熟じゃなくても相手を混乱させることだけは上手になる。
不快である感情、=悲しい、とかこうして欲しい、とかいう気持ちを私が言えない、と言うのが大きな原因なのだが、例えば相手の言った言葉に反応してしまい、(例えば仕事を西海岸でしてもかまわない、とかそういったこと)そんなことはしないでほしい、私はどうすればいいの?とか言う幼稚な言葉がのどまででかかるけれど、相手の状況を考えると何も言えない、と言うのが分かるのでやっぱり何も言えない。言いたいことが言えない、と言うことがさらに不快感を増して、あるいは、相手のちょっとしたそんな一言で自分が反応してしまうことを隠そうと思うと、またさらに不快感が増す、と言う積み重ねになっている。
多分、これをかいてやっと少し整理ができたから、相手にやっと一言「西海岸なんかで仕事しないでほしいな」と言えるようになるのだろう。
そしてまた唐突に何言い出すの?という顔をされてさらに隠し損ねた!と言う失敗感が増したりするのだろう。
こうやっていちいち書き出していると、ほんと、自分から逃げたくなる自分の気持ちも分かるってもんだ。
ACOA(アダルトチルドレンオブアルコホリック)の問題として、感情を押さえ込んでしまいすぎるために感じることが難しい、あるいは感じないようにするためにアルコールや薬物に逃げ込みやすい、というのがあるのだが、最近私が味わっているのは、感情があまりに揺れるのが苦痛で仕方がない、という状態だ。
以前はなかなか感情が感じられない、というのがあって、あまり自分がどう感じているのかよくわからない、という状態だった。おかげでいろいろなことの決定は簡単だったと思う。感情に振り回されない自分は、冷静に物事の利点と不利な点を上げて、理論的に(じぶんでは)選択ができたのだ。
ただインドカレーのことがあって、自分の許容範囲をこえた量の感情に襲われる、という経験をしてから、前のように感情に振り回されない冷静な判断というのが難しくなった。大きな原因は感情を排除した選択の結果が完全に良かった、と思えるのにもかかわらず、自分の心の中ではいつも「でもあの時もし?」と思うことがなかなかやめられない、という自分の中の現実がある、ということだと思う。
ACODは「直す」ことはできなくとも「回復」に近づくことはできる、という。 ACOD という状態は考え方のパターンであり、毎日働きかけることが大切だという。
二年以上に渡るカウンセリングと自助グループのおかげでずいぶん良く分からなかった感情がなんだか少し分かるようになったのだが、しかし怒濤の感情が度どっと押し寄せると、ただ単に不快であるということ以外良く分からない。多くの人が同じような経験をしていると思うのだが。
不快である、としか認識しない状態の自分になっているということはほとんど赤ん坊のような状態になっているのと同じで、行動も言動も赤ん坊っぽくなってしまう。終いに一緒にいる相手をまきこんで、相手が未熟だと切れられるし、そこまで未熟じゃなくても相手を混乱させることだけは上手になる。
不快である感情、=悲しい、とかこうして欲しい、とかいう気持ちを私が言えない、と言うのが大きな原因なのだが、例えば相手の言った言葉に反応してしまい、(例えば仕事を西海岸でしてもかまわない、とかそういったこと)そんなことはしないでほしい、私はどうすればいいの?とか言う幼稚な言葉がのどまででかかるけれど、相手の状況を考えると何も言えない、と言うのが分かるのでやっぱり何も言えない。言いたいことが言えない、と言うことがさらに不快感を増して、あるいは、相手のちょっとしたそんな一言で自分が反応してしまうことを隠そうと思うと、またさらに不快感が増す、と言う積み重ねになっている。
多分、これをかいてやっと少し整理ができたから、相手にやっと一言「西海岸なんかで仕事しないでほしいな」と言えるようになるのだろう。
そしてまた唐突に何言い出すの?という顔をされてさらに隠し損ねた!と言う失敗感が増したりするのだろう。
こうやっていちいち書き出していると、ほんと、自分から逃げたくなる自分の気持ちも分かるってもんだ。
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